*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*

002: 強引








 今日も今日とて忙しい。
 資料の書類を抱えて、見苦しくない程度の早足で通廊を進む。建物の角を曲がると向かいから青の纏った人物が歩いてきた。青は。さっと廊の端に寄り、頭を下げて通り過ぎるのを待った。待ちながらふと思い返す。そういえば、彼を彼と認識するようになってからこんなことをした覚えがない。だって彼はいつだって。
「妹子!」
 突然横から腕を取られてバランスを崩しそうになったが踏み止まった。いつの間にか耳に馴染んでしまった、柔らかいけれど妙に障る声音。声と共にある気の抜ける笑顔。
「た、太子!」
 通り過ぎかけた青い袍が振り返り、こちらを一瞥するのが視界のに入った。太子はそれにへらりと手を振って、それでもう興味を失ったように妹子に視線を戻してくる。止まっていた足音が一瞬の間の後に遠ざかっていく。
「天気がいいから今日は遊ぶぞ! 海見に行こう、海! 夏だしな」
「アンタ雨でも遊んでるでしょ! 海とかどれだけ時間掛かると思ってんですか。今日中に帰ってこれないですよ。僕は仕事で忙しいんです無理です。というかアンタが仕事しないからだよ仕事しろ!」
 妹子が文句を言う間にも、彼の腕を引いて太子は庭へ下りる。腕が痛い。非力なくせに遊ぶことにかけては妙に真剣でムカつく。だから仕事しろ、と妹子は再度ツッコんだか太子は聞かぬ振りで、引っ張り合いになって今度こそバランスを崩して二人でコケた。
「痛た…。もー何するんだよ妹子ー。鼻思いっきりぶつけたじゃないか」
「それ以上低くならないから大丈夫ですよ太子。あー資料汚した…」
「低くないよ! 私の鼻はグレートに高いよ! 私の鼻が低かったら歴史が変わるんだから!」
「そんなもんで変われば政変も楽ですね。太子の鼻を削ればいいんですから」
「削らんといて! 痛いから!」
 資料から土の汚れを落としつつ、いつものやり取りを交わす。巻物の角が潰れてしまっていた。紙は貴重品なのに。上司に報告して写本して直さなければいけないだろうなと憂鬱になる。仕事が増えた。クソ太子。
「ま、いいか。遊ぶぞ、妹子」
「だから遊びませんよ」
「二刻だけ!」
「日が暮れます」
「んじゃ一刻!」
「ダメです」
「半刻!」
「…何でそんなに僕を誘うんですか。いつもはお一人でも遊んでるでしょう」
 本当に仕事が溜まっていて半刻でも惜しい状況だとは言いたくなかったので、そう聞いてみた。実際、普段は一人でどこまででも遊びに行く人だ。それが今日に限って何故こんなに駄々捏ねているのか分からない。
「何となくそんな気分だったからだ。どうだ、嬉しいだろう」
「嬉しくないです。むしろ迷惑です」
「即答かよチクショー!」
 ちぇー、と太子がすねてそっぽを向いた。妹子のバーカハーゲとか言っている。誰がハゲだ。思わず吐息が漏れた
 何となく。
 それだけでこの人は身分や慣習と言う段差を飛び越える。こちらが身分相応の礼を取る暇も与えず(もうする気も必要も感じなくなったけど)、こちらの腕を引っ張って走り出していく。
「明日」
「んー?」
「明日なら、二刻でも三刻でもつき合えるようにしときますから。今日は申し訳ありませんが、お一人か、僕以外の方を誘って下さい」
「…うん、分かった」
 資料を片手で抱えて、空いた手で太子を引っ張り起こす。
「というか本当に仕事をして下さいよ。太子がもうちょっと仕事して下されば僕だって時間空くんですから」
「じゃあ花、見に行って来る」
「だから仕事!」
 言ってる間に太子はもう見えなくなってしまった。捕まえて彼の仕事部屋に引っ張っていくのはすぐに諦めて、妹子はを返した。だって今日中にあの山のような書類を片付けてしまわなればいけないのだから、そんな時間があるわけが無いのだ。
 見上げた空は本当に綺麗な青色で、遊びに出掛けたジャージの後ろ姿を思い出して、少し泣けてムカついた。



  了


 やっちまいました。「ギャグマンガ 日和」の遣隋使話です。
 まさかコレで話を書く日が来ようとは思いませんでした。片方はおっさんなのに! 渋いオヤジは好きですがおっさんは好きじゃない…はず。本命は妹子だから! 多分大丈夫!

 新しいジャンルだったこととハメてくれたお礼と話の流れで、先に友人たちに見せたんですが、その感想が「頑張ったね。皐月がギャグ書いてるよ…」でした。うん、まぁ、頑張ったよ…。
 そんなわけで頑張った品はハメ主・蓮也さんに贈ります。見せたら思った以上に強い反応が返ってきて、実はこっちもびっくりしてましたよ。

(2007/09/21 UP)

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