017: 声
辛島くんの声はとてもきれい。
それは、人を操ったり、幻覚を見せてしまう程に。
白く燃える太陽が、私と彼を赤く焼く。
「――――……暑いね」
「うん、暑いね。今年は猛暑だって。辛島くん、大丈夫? 辛島くん色素薄そうだから、暑いのは苦手なのかもしれないね」
「…そうかもしれない」
学校からの帰り道、日陰の部分を選んで歩きながら、少し疲れた様子で彼は言う。
そんな調子のものでさえ、彼の声はとてもきれいだった。
「今日は『お仕事』あるの?」
「無いよ。今の所呼び出しも来てない。…正直言えば、夏はあまり仕事をしたくないんだ。仕事の時にビルに冷房が入ってる事なんてほとんど無いからね」
冗談めかしているけれどかなり本音の入っている言葉に、私は思わず笑いを
零す。
「でも夏は嫌いじゃないよ。昔、まだ仕事を始めたばかりの頃かな。夏に本部に行って、あそこの林を抜ける時に見た景色を、今でも覚えてるんだ。木の葉の向こうに見えた高い空や、うるさいくらいのセミの声や、」
周囲の景色が一瞬消えて、暑い日差しを
遮ってくれる木々が現れたように思えた。確かに聞こえていたセミの声が、倍も増えたように耳を
衝いた気がした。
「…林を抜けた先の、草原の中の黒い傘を」
深く深く
滲み入る様な、辛島くんの声。
「黒い傘?」
「川口さんだよ。本部に居たって良かったのに、わざわざ草原に居たんだ。暑いからって傘を差して」
「辛島くんを待っていてくれたのね」
彼は私の言葉に答えずに少し照れたように笑った。
「国府さん、さっきもしかして何か見えた?」
顔を覗き込むようにして訊かれ、私は頷いた。
「幻でしょう? 見えたわ。とてもきれいだった」
「…ごめん」
「とてもきれいだったわ、辛島くん」
笑って、彼に手を伸ばして、私ははっきりと言った。
「辛島くんの声で見える幻はいつもとてもきれいだわ。だから辛島くんの話、たくさん聞かせて欲しいの。見えたって、それは嫌なものじゃないから」
「国府さん…」
「それにね、辛島くん。私に話してくれる時、辛島くんもその景色を思い浮かべているでしょう? それはとてもきれいでしょう?」
梢の間から夏の陽が
斑に落ちる。見上げた辛島くんの髪にも落ちて、強く光っていて眩しかった。
「それは嫌なものじゃないでしょう? だからたくさん聞かせてほしいの、辛島くんの話。教えてほしいの、辛島くんの事」
眩しい光の中で、辛島くんが笑ってくれた。
白い頬を少し赤く染めて。
了
緑川先生の「あかく咲く声」より。
緑川先生の話大好きです。何だろう。テンポ? 静かだけれど強い芯を感じる語り方が好きです。あとキャラクター。愛しい感じ。あー恥ずかしい。
声、というお題に辛島くんかなーと思って、文章自体は実は1年くらい前に書き上がっていたんですが、何とも恥ずかしい感じだったので上げていませんでした。
でも久々に漫画を読んだらうずうずして。良いや、やってしまえ!とやりました。勢いは大事だよね。
そんな国分と辛島の話。
(2006/09/19 UP)
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