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040: ささやき









 白い、白い雪が降り積もる。




「――兄さん、大丈夫?」
 イースト・シティの郊外にある街の宿屋の一室で、アルフォンスはベッドに腰掛けた兄を気遣わしげに見遣った。後ろ手で部屋の戸を閉める。静かな店内に、自然と所作も静かなものになり、微かに軋んだ蝶番の音すらも耳についた。
 ランプを一つ点しただけの室内は暗く、赤い光の輪の外で、彼の機械鎧が鈍く灯りを反射している。
 その黒い反射光がゆらりと動いた。
「あぁ。大丈夫だ、アル。心配すんな」
 優しい声音が返った。普段の不敵なものとは違う、とても静かで暖か味に満ちた音。
 布団を膝に掛け上着を羽織ったエドワードの脇に、アルフォンスは手に持っていた物を置いた。
「湯たんぽ、借りて来たよ。今夜はすごく冷え込むみたいだから、温かくして寝ないとね」
「サンキュ」
「今日は、いつもみたいにお腹出して寝ちゃダメだよ」
「分かってるよ」
 苦笑を含んだ声が応えた。
 一瞬金の光彩がこちらを向いたが、すぐに元の方向に戻された。何を見ていたのか、彼は窓の外を眺めていたようだった。
 外灯の光を含んだ雪に照らされたその横顔は、酷く白く映る。
「寒くない?」
「凍え死ぬような事は無さそうだな。アルこそ大丈夫か? 寒いと動き辛いだろう」
「うん、今の所は平気。でもさすがに明日の朝は関節動き難そうだなぁ」
「オレも指とか動かなさそうだ。あったまるまで寝てるか」
「それも良いかもね」
 二人でふっと息の抜けるような笑い声を零す。
 ほんの微かな雪の降る音。
 二人の育ったリゼンブールは国の東南部にあったので、旅に出てから初めて雪と言うものを見た。知識としてしか知らなかった雪の冷たさを、鋼の身体となったアルは未だに知識としてしか知らない。
 ただ、雪が降る時は本当に寒い事。そしてそんな寒さは、古い傷を疼かせる事を知った。
 決してそれを口にしない兄の強情さの中に、アルはそれを見つけ出した。
 だから、雪は綺麗で訳も無く心が躍って好きだけれど、少し嫌いでもあった。
 何より、こんな日は兄に触れる事すら出来ない。外気で冷えた鋼の身体では、身を寄せ合っても凍傷を起こさせてしまうだけだ。
 その事実が酷く悲しい。
「……兄さん、そろそろ寝た方が良いよ。昨夜も徹夜だったんだし」
「そうだな…。おやすみ、アル」
「おやすみ、兄さん」
 カーテンを閉め、掛けていた布団の上に羽織っていた上着を重ねて、エドワードはベッドに横たわって目を閉じた。布団の下でごそごそと身体が動き、湯たんぽを抱えたらしい事が知れる。
 アルフォンスはそれを確かめて、自分もベッドに横たわる。
 隣りのベッドを挟んだ向こうから、カーテン越しに射し込む蒼白い光がゆらゆらと揺れる。ふらふらふわふわ降りしきり、先達の上に落ちてぽそりと音を立てる。
 その静かな音が、いつまでも聞こえていた。





  終


 鋼練モノ1発目は鋼の兄弟となりました。
 自分でこんなの書いといて何ですが、この兄弟は雪の降るような所に行っちゃいけません。多分問答無用で凍傷になります。だからきっと南部の方ばかり回ってるんだ。……でも沙漠でもエドは低温火傷とかしそうなものだけど。
 そういや良いのかなぁとふと疑問に思う。

 これを思い付いたのはドラマ「向田邦子の恋文」を見てる時でした。そして見終った後に即行書いた。
 山口智子さんが大好きです。久し振りにあの人の演技が見れて嬉しかった。

(2004/01/04 UP)


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