*読み難そうな漢字は、オンマウスで読みが出ます。*

074:吹き抜ける風

坊=セオ 2主=カイ







 強い風に煽られて身体が前に少し押し出され、カイは二歩程よろめいた。
 魔力によって集められた風は今、眼下で大きな空気の渦となっている。大きな流れと大きな音が、辺りに目に見えぬ圧力を撒き散らす。
 その下には幾重かの円を描いて並ぶ兵の姿。整然と並んで全員が円の中心を向いている。
 そしてその中心には緑の法衣の魔導士、ルックの姿が遠目にもどうにか確認する事が出来た。
 身体の前に突き出されていた彼のロッドが、高く空を指し示す。
 風の塊は即座に魔導士の意に従い中天へ駆け上る。遠く、雲がその形を乱すのが見えた。
 耳に返ってくる静寂。
「……スゴイなぁ」
 空を見上げてぽかんと口を開けたまま呟かれたカイの言葉に、隣りから小さな笑いが零れた。
「首、痛くならないか?」
「なりますよ」
 答えてひょいと首を戻し、ちらりと隣りを見遣る。隣りに立つ人物――隣国の英雄、セオ・マクドールはカイの視線に気付いて微かに首を傾げた。
 同盟軍の野外練兵場。今日は魔法兵団の、ルックの束ねる部隊の訓練日だった。先刻行なわれていたのは、ルックの得意とする風魔法の訓練だ。
 三人の兵団長によって統率されている魔法兵団の中で、ルックの部隊は少々特殊だ。兵団長の魔力の特質と大きさ故に、多人数による大きな魔法を使う事が出来る。即ち、先刻のような風魔法を。
 そして兵団長であるルックの役割は、魔法の総領となる事だ。兵達が呼んだ力を、集め、整え、正しく放つ。これは彼のその魔力の大きさ、精神力の強さ、経験の豊富さがあるから出来る事だった。
 余談だが、他の二人の兵団長がこれを出来ない主な理由は魔力の特質にある。彼らの相性が良いのは火の力なのだ。危険が多過ぎて使えない。
「ルックは三年前からあんな事が出来たんですか?」
「いや、以前は年輩の魔導士にサポートを頼んでいた。多人数での魔法の経験が無かったからね。でも呑み込みは早かったよ」
 思い出しているのか、セオは目を眇めて口許を微かに綻ばせる。
「相変わらず綺麗だな…」
 先の魔法の残滓なのか、一陣の風が鋭く横切って衣服の裾を強く引く。肩布が顔に絡み付いて、カイは慌ててそれを押さえた。
「うわっ」
「大丈夫か? ルックが風を呼ぶから暫くは強く吹くよ」
「はいー。でも気持ち良いから、これはこれで良いです」
 風の軌跡を追うように空を見上げるカイに、隣りからは同意の言葉が返ってくる。
 良く晴れた青空と薄い雲と顔に肌に快い風。呼ばれた風の中には湖から来たものもあったらしく、青臭い草の香りの中に水の気配も潜む。
 カイが胸いっぱいに新鮮な空気を吸い込んでいると、隣りから名を呼ばれた。
「忙しいのにこんな事につき合わせてすまなかった。ありがとう。見れて嬉しかったよ」
「こちらこそ、脱走の口実提供ありがとうございました」
 訓練の視察を理由に多少の言い逃れは出来るだろう。それでもシュウには怒られるだろうが。何も無いよりはマシだ。
「セオさん、ホントにルックが魔法使うところ見るの好きなんですね。顔が凄く嬉しそうでしたよ」
「あぁ、気に入ってる。力の波動や緊張感や、集まる風が気持ち良くてね。三年前も良く理由を付けては見に行ってたよ。怒られたけど」
 セオの言葉にカイはきょとんとする。彼が、怒られる、と言う二つが何となく繋がらない。
「セオさんが? 誰に?」
「ルックにだよ。こんな事してる暇があったら仕事しろとか、自分は見世物じゃないとか、邪魔とか、そんなふうに」
 言われてリアルにその様子が想像出来て、カイは笑った。彼らしいと二人で笑う。
 ふと下を見遣ると、ルックは円の中心から離れ、カイ達が居るのとは別の丘の上から訓練の様子を監督していた副官と二、三言葉を交わしていた。それが不意に風を操って姿を消す。次の瞬間には、カイ達のすぐ傍らに現れていた。
「こんな所で何してるのさ」
「わっ。えっとルック、訓練ご苦労さま」
 カイが笑顔で労うのに、彼は「別に」と素っ気無く答える。相変わらずの不機嫌そうな顔で、セオに視線を向ける。
「で、君まで一緒にこんな所に突っ立って何してるわけ?」
「ルックが部隊の魔法練習してるって聞いたから見に来たんだよ。カイは視察ついでに道案内をしてくれたんだ」
「視察?」
「そう、仕事」
 胸を張って言うカイをルックは胡乱げに一瞥した。信じていないのは明らかだった。
「君の方の『見に来た』って言うのは、まさか凄く莫迦らしくてとても理解したくない理由でかい?」
「僕は好きで見に来てるだけだよ」
 彼は一瞬眉間の皺を深めて、けれど何も言わずにそっぽを向いた。ふと兵達の方に視線をやって、カイにそちらを目線で示す。
「仕事って言うならちゃんとやれば?」
 見れば、いつの間にか兵がこちらに気付いてざわついている。
 カイは少し考えた後に数歩前に出て大きく手を振った。
「訓練頑張ってくださいねー」
 軍主の激励(?)に、兵達からも「おー」とか「わー」とかよく分からないが応えが返ってきた。
 セオは下から余り姿が見えないように幾らか下がる。
「…まだ見てるつもり?」
「あぁ。もう一度くらいは大きいのを使うんだろう?」
「休憩の後にもう一回やる予定だよ。…分かってると思うけど、あまり近くに寄らないでよね」
「分かってる。気を付けるよ」
 セオの応えを聞いて、ルックはまた風を纏って姿を消した。向こうを見れば、再び副官の所に戻っている。
「近くに寄らないようにって、どうしてですか? 訓練の邪魔って言うの以外の理由ありそうでしたけど」
「これの事だよ」
 言ってセオが示したのは右手の紋章。
「ああいう大きな魔法はどうしても魔力を引き出そうとする力が働くから、近くにいると引き摺られる可能性があるんだ。勿論ルックは範囲限定してるし僕も気を付けているけど、相手は真の紋章だから油断は禁物だろうって事だよ」
 へぇ、と音になっているのか曖昧な声を零して、カイは丘の下を見る。
 小休止が終わり、もう一度兵達が円を作っている。
 やがて呪文詠唱が始まり、再び風が集まり始める。風に乱されて届く声は途切れ途切れだが、それでも綺麗に唱和されているのが分かる。
 渦巻き始める風と圧力。
 その中心に毅然と立つ緑衣の魔導士。
 それを見詰める漆黒の双眸は緩く細められ、焦がれるような愛しむような色が浮かぶ。
 耳元で一際高く風が鳴り、大きな力が先と同じように中天へと走っていった。





  終


 最初に付けていたタイトルは「風の彩(いろどり)」でした。
 書きたかったのは集団魔法(?)使うルック。これで私のトコの魔法設定が幾らか書けた…はず。紋章の自分設定も多少あるのでまたそのうち。
 ウチの真の紋章設定は人格と言うか意識あり。でも別次元の存在だから宿主を媒体に世界に干渉、みたいな感じです。

 2主の性格がまだいまいち掴めていません。暫くはユラユラしていそうだ…。
 そして坊ちゃんが何だかどんどん情けない子になっていきそうで、最近ちょっと危機感を覚えてます。大好きなのに…。

(2003/11/09 UP)

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