*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*
078: 感謝
坊=セオ
太陽に向けてすらりと伸ばされた腕の先、逆光の中細かな陰影を刻む一枚のコインを見上げて、セオは口元に苦笑を浮かべた。
コインの
意匠は、一人の人物の横顔とその周囲をぐるりと囲む小さな枝葉。
精緻に作り込まれた人物の顔立ちは鼻筋の通った少年だ。
「どうして皆、こういうものを作りたがるんだろうな」
呆れの強く
滲む声で呟いて、胸元まで下ろしてきた手の中でくるりとコインを回す。反対の面にはトラン共和国のニアの花と剣と麦の穂の紋章が刻まれていた。トラン湖周辺に咲く花と、革命と民の象徴。
もう一度コインを反して、セオはそれを改めて
見遣った。どことなく自身に似ていなくもないような、片面の少年の顔立ち。
このコインは数年前にトラン共和国政府が発行したものだ。国の紋章と建国の立役者であるトランの英雄の顔を刻み、国の
礎を確かめようとしたのだと言う。解放戦争の後、新政府の樹立より前に故国を
出奔したと言う英雄の顔は、戦争を共に戦った画家イワノフの描き残したものを
基にしたのだそうだ。
ところで、このイワノフ氏がトランの英雄を描いた作品は数点有り、全てトラン政府に
寄贈されている。あまり知られていない事実だが、それらはどれも戦後に描かれた作品だ。そして更に知られていないのは、それら以外に戦時中の作品が一点だけあり、それが今もトラン湖の古い
城砦に残されている事だ。それに描かれた英雄の顔立ちが、後の作品のものと微妙に違うのは、ごく初期の作品で作風が違うからだろうと言われている。また、初代大統領もその風評を否定しなかった。
セオはコインを指で弾いてパシリと空中で捕えた。苦笑に曲がっていた
口許がふわりと
綻ぶ。
「ありがとう、友よ」
かつての戦友達が彼の為に敷いてくれていた道。
それは真の紋章を持つと噂の流れた彼のための、ハルモニアへの対策だったのか、変わらぬ姿で長い時を生きるかもしれぬ事への配慮だったのか。それとも、かつて戦友の一人が言った通りに国を出奔した英雄への
僅かな望みだったのか。本当の思惑は分からないけれど。
それがあるから、セオは思い
煩う事少なく、こうして自由に故国に戻る事が出来る。それがどれ程嬉しい事か、最近になって身に
沁みて感じていた。
振り仰いだ空は見事に澄んだ青色、国を巡り吹く風は優しくセオの顔を撫でていった。春の香気をいっぱいに含んだそれに、セオは満面の笑みを浮かべた。
了
円谷の「坊っさん、コインの意匠とかにされたりして怒ってそうだよねー」と言う呟きを、「そのネタ頂き!」と短文に。呟き自体は1年前、出来上がった代物も呆れてるだけで怒ってねーじゃん、などというモノになってしまいました。まぁ顔合わせた事も無いお偉方に怒ってもしゃーないしね。
時制はTの40年後くらいです。レパントは勿論鬼籍入り済み、外相やってたシーナもその後を追ってるか良くて隠居の身。坊っさんは解放戦争後、公に全く顔を出さずにきて、現政府要人とは顔を合わせた事もありません。ウチの坊っさんはそんな人。
一応「文」に置いてある「麗しの銅像・2」の流れを汲んでます。実はあの後こんなコトに、みたいな。
(2006/03/26 UP)
back