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091: たわむれ
その瞬間に分かったのはただ、落ちた、と言う事だけだった。
淡い光が優しく目を射る。
ぼんやりとした意識のまま、セオは周りを見回した。
多分淡い色彩を基調とした部屋。離れた位置に置かれた小卓の上で、
灯りが一つ揺れていて、それに照らされて見える範囲は質素だが整えられている。
息を吐いて力を抜いた。その反動で少しだけ身体が沈む。それを受け止めたのは硬くない寝台だ。綿の上掛けも清潔で、扱いは悪くない。
さて、自分はどうしたのだったか。
意識を失う前の記憶がとんでいて、状況がよく分からない。とりあえず、捕まっているとかそういう状態では無いらしいが。
不意に、足元の方向でパタリと空気の抜けるような音がした。
「やっと起きたね」
尖った調子の、聞き覚えのある声だ。
やけに重い首をどうにか回して見た先には、懐かしい姿があった。
依然として変わらぬ冴えた
容貌と、静かな強さを秘めた
双眸。
「…ルック。久し振りだ」
今ではもう数少ない、昔馴染みと呼べる相手に、セオの顔は自然と
綻んだ。先刻の音は恐らく本を閉じた音だったのだろう、
膝の上の分厚い書物が彼らしくて
無性に嬉しくなる。
ルックは
僅かに目を
眇めたようだった。呆れているのか、照れ隠しなのか。
「…あんたがあんな所にはまったりしなければ、会う事も無かったよ」
「あんな所…? そういえば僕はどうしてここに居るんだ。ここは魔術師の塔だろう?」
力の入らない身体を半ば無理矢理起こして、ルックと向き合う。
何故こんなにだるいのだろうか。
「そう、ここは魔術師の塔だよ。あんたが
狭間に落ちそうだったのを、レックナート様が拾って下さったのさ」
「狭間?」
「…空間の
隙間みたいなものだよ」
不快そうにルックの
眉根が寄せられた。それ以上は説明する気は無いらしく、そのまま黙ってしまった。
その
眉間の
皺を眺めながら、セオは意識を手放す直前の記憶を探り当てた。
そうだ、あの、不意の底無しの落下感。
「そういえばどこかに落ちたような覚えがあるな。あれはけっこう怖かった。ありがとう、ルック」
「…助けたのは僕じゃない。レックナート様だって言ったよ」
「でも、寝てる間の世話をしてくれたのはルックだろう。だから、ありがとう。それで、狭間って何?」
ルックの眉根が更に寄せられ、ふいと目を
逸らされた。それでもセオが視線を外さずしばらく待てば、
如何にも渋々といった様子で口を開いてくれた。彼の視線の鋭さが増して、中空を
睨み付ける。
「あんたは、旅をしていて何か変だと感じた事は無い?」
「変?」
答えながら、セオはこれまでに得た情報を頭の中で整理してみる。
狭間、空間の隙間、落下感。
…隙間。に落ちた?
「…とりあえず今回のような事は初めてだけど」
「当たり前だよ、あんなものがその辺にぽこぽこあるわけないじゃないか」
苛立たしげに鋭く返され、確かに嫌だなぁと奇妙にのんびりと思う。その思考を
見透かしたような、ルックの睨み付けてくる視線が痛い。
「えっとそれで変って言うのはどういう事だ?」
「…国と国の間が
隔てられてるんだ」
「それは…関所があるとか手続きが要るとか、そういう意味じゃないよ、な」
意味が上手く
掴めず、セオは変なものを飲み込んだような顔をしてしまう。
「違うよ。文字通り、隔てられている。完全にではないけどね。国の文化や生活様式の違いが大き過ぎるとは思わなかった?」
それはセオも確かに感じた事があった。しかしどこを回ってもバラつきがあるので、地域差と言うのはこれほど出るものなのかと思っていた。…そう思うしかなかった。他に情報を持っていなかったのだから。
「伝わらないんだよ。人や文化が流れ難い上に、その国はそういう風に造られている」
「造られている? 国が? …いや、もしかしてこの世界そのものが?」
顔を強張らせたセオを、ルックは
一瞥した。再び中空に視線を
据えて、口を開く。全てを話す事を決めたのだろう、そこには淀みも迷いも無かった。
「そうだよ、この世界は造られた世界なんだ。造った者は、多分神とかそんな存在じゃない。国の間の隔たり、文化レベルの違い、あんたが落ちたような狭間。…
曖昧なんだ、色々な部分が。世界を見続けてきたレックナート様は、それに気が付かれた。そして…『外』の存在を知られた」
外
(異界)とこの世界を繋ぐ門の紋章。そして何より、バランスの
執行者たる事を己に課しているが故に、『外』の意思を感じた。
「レックナート様は、この世界はもう自らで歩み始めているとおっしゃった。もう、造られる事なく、自身で『穴』を埋め始めていると。…もう、創造主は必要ないと」
『外』との決別、世界の自立。
「…それが、レックナートの目的なのか?」
「宿星を繰り返し集めておられるのも、そのためなんだ。星の力は強いからね。この世界に力を与える事が出来る」
告げられた事柄に、セオは息を吐き出した。寝台の上で片膝を立て、その上に
頬杖をつく。
「成る程ね。何をしようとしているのかと思ったら、そういう事を企んでいたのか」
話し終えたルックは何も言わず、ただ、一瞥だけをセオに投げた。
「それで、ルックもそれに賛同しているのか」
「…造られたモノだと言うなら、それでも良いんだ。でも僕はそこで終わりたくない。造られて、踊らされて…そんな状態のままでいるなんて、絶対に嫌だ」
強い語気と常より低い声。感情に呼応したように、ゆらりとルックの周囲を風が巻いた。
「確かに…自分が他人に造られた存在だと言うのは、良い気がしない」
ルックの眉根が一瞬きつく寄せられたが、セオは気付かなかった。目を伏せて己の
裡を見定めている。
世界を見続けてきたと言うレックナート、その意思が、記憶がどこまで彼女自身のものかは分からないけれど。いや、分からないからこそ、自分だけのモノにしたいのか。
「創造主に弓引く、か。まるで子供の反抗期だな。…しかし人間はそれを経て自立していく」
じわりと口許に笑みが浮かぶ。
「知った以上は黙っているのも気が引ける。その大いなる反抗期、僕も協力しよう」
セオは寝台から降り、ルックの前に立って片手を差し出した。
目の前で薄く笑っているモノを、ルックは見上げる。その、冴えた森の
深淵の色。
「さあ、世界を自らだけのものにしようか」
打ち合わされた両者の手の音が、小気味良く、青い塔に響いた。
了
えーっと………………………………………ま、冗談ですので。本気にはしないで下さいね。ただの憂さ晴らし品なので。
要するに。プレイヤーは高いクオリティを求めているのよ、という事ですよ。
デカくて綿密に仕上げられた世界に陶然としてみたいなーと言う、まぁ要望と言うか願望と言うか。
同お題で他にネタが書き上げられたら消します。
しかしラストの辺りの坊っさんの台詞……、セオさんはあまり言葉を飾らない人だと思ってたんですが。書いてる人間が悪いのか、余程怒っているのか、言葉飾ってますね…。うーん…。
(2004/08/03 UP)
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