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未来さきがけ





 枝葉の隙間から仄かに差し込む星明りの下、独り静かに佇むクレスの姿が見えた。微動だにせず目を閉じている。空気も気配も揺らす事は無い。ただ正眼に構えられた剣が星明りを宿して薄く光っている。
 幾つかの木々の向こうに見える姿。
 以前に何度も見た事のある姿だ。
 直線のような朝日の射す早朝に、彼の家の庭先で、彼の父の姿形で。
 まだそれ程遠い記憶でも無いはずのそれが、けれど妙に間遠く感じる。
 似て異なる光景に、それでも過去を一瞬重ね、目の前でクレスがこちらを見たのにハッと我に帰る。
「チェスター、どうしたんだ? 今日は起きてなくてもいい日だろう?」
「あぁ…何となく目が覚めちまってさ」
 少し決まり悪く顔を歪めながら、チェスターは下生えを掻き分けてクレスに歩み寄る。
 今日の野宿の場所は人里離れた森の中で、こういう所にはモンスターが多い。だから交代で不寝番をする。今はクレスで、もうしばらくしたらクラースと代わる事になっている。
 最後に低木を跨ぎ越して彼の傍らに並んだ。
「懐かしいことやってるな」
 下ろされた白刃を見遣り、チェスターは呟いた。
「やる事無くてさ。かと言って本当に何もやらずにいると寝ちゃいそうだったから、修練も兼ねてやってたんだ。これなら周囲の異変を見逃す事も無いだろうし」
「目閉じたりして、それこそ寝そうにならないのか?」
「…なった」
 僕もまだまだ修行が足りないな、とクレスは苦く笑う。
「しょうがないな。お前が寝ちまわないように、俺が見張っててやるよ」
「何偉そうな事言ってるんだよ」
 小さく笑いながら、二人は近くの木の根元に腰を下ろした。
 口を閉じてしまうと、周囲の吐息が一層大きく感じられた。森に溢れるたくさんの小さな呼気。微かな葉擦れの音すら耳に届く。
 見張る、と言いながらチェスターはクレスを見ず、黙って森を見上げていた。
 クレスも同様に、静かに仰いでいる。
 緑豊かな深い森。
 かつて遊んだ懐かしい場所を彷彿とさせる、身を包む気配。
 こんな気分になるのは、きっと先のクレスの姿と、朝方後にして来た街の所為で。
「…ミゲールの都、か」
 思わず、と言った風にチェスターが呟いた。
 クレスの父の名を冠した大きな街。焼け落ちたトーティス村の五十年後の姿。
 自分たちの知らない、華やかな街並み。かつてのあの村と重なる所など一つも無い。
 そして、そんな風にかつての村と重ねようとして出来ない事を悲しむのは、もう自分たち二人だけしか居らず。
 二人だけ、生き残った。
「…そういえば、こんな風に二人だけで話す事ってあんまり無かったな」
 普段は皆と一緒に居て忘れていた寂しさを、不意に思い出した。
「あぁ、本当だ。最初から無かったね。あの日は僕は一人でユークリッドの都に向かって、チェスターとは別々だったし、その後はずっとミントが一緒だったんだ」
「で、お前は過去に行って、戻って来た時には変なのを二人も連れて来るし」
「変なのって…チェスター、そんな言い方」
 苦笑してクレスは言うが、言葉に力は無い。クレスも過去、初めて彼らに会った時はその珍妙な格好にやはり驚いたのだ。過去に行かず、あのダオスと対峙する中どうにか助けたと思った親友達が、いきなりそんな二人と共に現れたのを見たチェスターの気持ちは…推して知るべし、だ。
「しかも二人とも煩いしな。あいつは単純に騒がしくて、おっさんは妙な所で口煩い」
 まぁ、おかげで楽しいけど、と小さく零す
 振り返ってみれば、あの日から随分な時間が過ぎている。クレスは過去で半年以上の時間を過ごしているから尚更だ。
 あの、雨に煙る焼け落ちた村を見た日から。
「…そういえば、ダオスを倒す事ばかり考えていて、村の再建の事はあんまり考えた事無かったな」
 気落ちした様子でクレスが言う。
 言われてみれば、チェスターもそうだった。ずっと、妹の仇を取る事ばかりを考えていた。
 村の再建を考える事は、即ち村を焼かれた事、親しかった人達を殺された事を認めて、自分達は生きようとすると言う事だ。皆は殺され、自分達は生きなければならないと。
 ずっと、そんな心の余裕は無く、悲しみが身の内に溢れ返っていた。
「村の再建か。大変そうだな」
「未来を変えてしまわないように、あれだけの大きな街にしないといけないしね」
 本当に出来るのかは正直自信が無いが、それでも頑張ればあれだけ立派な街になるのだと言う事なのだから、やる気が出る。
 今は、あそこが自分達の育った土地なのだと言う実感は無い。だがダオスを倒して自分達の時代に戻り、そうして五十年経ったら実感が持てるのだろうか。今は違和感しか抱けないあの街を、懐かしく愛しく思えるのだろうか。
 村の再建は途方も無く大きな事で、まだ何をすれば良いのかも全く見当も付かない。それでも何だか期待が持てた。言い知れぬ高揚感が沸いてくる。
「チェスター、頑張ろう」
「あぁ、やってやろうぜ」
 二人が顔を見合わせてにっと笑った所で、背後から土を踏む音と鳴子が微かに触れ合う音が聞こえた。落ち着いたバリトンが小さくクレスの名を呼ぶ。
「クラースさん」
 クレスは立ち上がって木の陰から顔を出す。
「あぁ、そこに居たのか。そろそろ交代の時間だ。…どうしてチェスターまで居るんだ?」
 二人の居る木の傍に来てクレスの向こうにチェスターの姿を見つけ、クラースは軽く眉を寄せた。
「何だ、また夜の特訓か?」
「違う!」
 チェスターは不貞腐れたように顔を歪めて立ち上がり、クラースの来た方に戻って行ってしまった。クレスもクラースに後を頼んでその背を追いかける。追いついた所で後方からちゃんと寝ておくよう言葉を掛けられ、チェスターがそちらを振り返るとクラースが先刻まで二人が座っていた場所に腰を下ろす所だった。
 やはり口煩い人だな、と思う。口許には知らず笑みが浮かんでいた。
 この人はこの夜を見上げて何を思うのだろうか。
「チェスター?」
「いや、何でもない。さぁ、早く寝ちまおうぜ」


 心静かにあの村を想って。





  終


 リク内容は「クレスとチェスター。トーティス村で生き残ったのは二人だけ、みたいな感じで。親友っぽく」と言うものでした。
 何つーか…そのまんま? もうそれしか書いてない? 親友っぽいかどうかはよく分からないけど(汗)。
 こ、こんなんで良かったのでしょうか、つきりんさん(汗)。

 TOPモノ初書きです。つきりんさんの影響で、それなりにプレイしたり読んだりしてたので割と書き易かったです。細かい所いい加減だけど。ストーリーも大体の流れしか覚えてないけど。
 当初の予定では村の再建がどうのと言う部分はほとんど無く、単に普段は仲間と一緒に居て忘れていた悲しみを思い出す、てだけだったんですが…ま、いいか? 180度違う割と明るめの終わり方になりました。しんみりの雰囲気は一体何処に。


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