桜の下でまた会いましょう
4月。
正門から続く桜並木の下を、タカ丸はのんびり歩いていた。
桜は盛りを越えて散り始め、はらりはらりと花びらを
零す。端々が花びらで白く埋まっている歩道を見るともなしに眺め、ついっと視線を伸ばしてその先の校舎を見た。ようやく頭に入ってきた構内図を頭に浮かべつつ、財布に
挿んであった自分の講義予定表で教室の部屋番号を確認する。これから受ける1時限目は専門科目の講義で、今日は講義をあと2つ受ける予定だ。その他細かい予定を思い起こしながら、タカ丸は少し足を早めた。
2時限目は一般教養の講義だった。専門科目と一般教養の講義では教室棟がそもそも違う。講義内容ばかりを気にしていたが、1時限目と2時限目では教室が構内でも端と端に位置すると気付いて慌てた。足早に幾つかの校舎を横切って、ようやく目的の棟に
辿り着く。
軽く上がった息を整えながら教室前方の扉から中に入った。一般教養の講義は学年・学部を問わずたくさんの学生が受けるので、教室も大きなものが用意されている。
緩く階段状になって遠くからでも黒板が見えるようになった教室は、ドラマでよく見る大学の教室そのものだ。空いた席を探してぐるりと見渡していると、横合いからひどく驚いた調子で名を呼ばれた。それも少し懐かしい呼ばれ方で。
「斉藤先輩?!」
「…久々知くん、不破くん! うわー、久しぶり」
もともと大きな目を更に見開いてタカ丸を凝視していたのは、彼の高校時代の後輩の不破雷蔵と久々知兵助だった。学年は一つ下だったので、おそらく彼らは2年生なのだろう。机の上に適当に投げ出されたルーズリーフとペンケースや、全体的な雰囲気に慣れを感じる。
「二人もこの大学だったんだね」
「斉藤先輩こそ、何でここに。確か美容師の専門学校に行ったんじゃ…」
「あぁ、それはちょっと色々あってね…。とりあえず、隣の席、良いかな?」
カラーンと鳴り響いた本鈴に、元後輩二人の奥に一つ空いていた席を指差せば、彼らは慌てて詰めて通路側の席を空けてくれた。
幸い、講義は30分ほどで終わった。一般教養の、学期の最初の講義はガイダンス程度のことしかやらないらしい。まだ講義の選択期間内なのでそれも道理だ。今日講義に来た生徒全員が本登録するとは限らないので、授業を進めるわけにもいかないのだ。
2時限目の後は昼休みなのもあって、3人は食堂に場所を移した。それぞれ食事を乗せたトレイを持って窓際の席に
陣取る。タカ丸はカレー、兵助はきつねうどん大盛り、雷蔵は少し遅れてハンバーグ定食を持ってきた。
「選ぶの遅くてすみません。あ、カレーも美味しそうですね。明日はカレーにしようかなー。でも兵助のきつねも美味しそうだな」
「雷蔵、明日の分を今日から迷うなよ。先輩、気にしないで下さい、雷蔵の迷い癖はいつものことですから」
「そうなの? へー、いっぱい迷って決めたら、美味しく食べられそうだね」
「ちょっと時間掛かり過ぎるのが問題なんですけどね」
あははと
暢気に笑う2人に兵助は
溜息をつき、気を取り直すように、それで、と少し強めの口調で切り出した。
「先輩、美容師の専門学校行ったんじゃなかったんですか?」
「うん、行ったよ。行ってから、ここに入ったんだ」
頂きます、と手を合わせて食べ始めたタカ丸に
倣って、兵助と雷蔵も
箸を手に取った。熱い料理を吹き冷ます音、もぐもぐと
咀嚼する音を合間に挿みつつ、話を進める。
「え、先輩、1年生なんですか?」
「そう、1年生。あ、学部は経済だよ」
「美容師の資格は?」
「どうにか取れたよー」
「じゃあどうしてまた大学受けたんですか?」
その言葉に、タカ丸は困ったように眉を下げて苦笑した。
「それがさ、父さんに『バカは勉強出来る内にしておけー』て放り出されたの」
思わぬ言葉に2人の箸が止まる。
「…それは」
「…すごいですね」
言う父親も父親だが、実際やってのけるタカ丸もタカ丸だ。
「もともと大学に行かせたがってたのは知ってたけど、まさか家を放り出されるとは思わなかったよ」
本人は軽く笑っているが、受験勉強のし直しや学費、就職活動のことを考えるとなかなか重い話のはずだ。そういえばタカ丸は、早い時期から美容師志望と言っていた割には、高3の時大学進学志望のクラスにいた。それも親の意向だったということだろう。
唖然としている後輩2人を置いてタカ丸は食事を再開する。冷めるよ?と
促されて兵助と雷蔵も再び箸を動かし始めた。
「…あの、斉藤先輩」
「あ、そうだ、僕1年生なんだから、その『先輩』っていうのは止めてね」
今は君達の方が先輩だしね、とタカ丸はニコニコ笑って言う。
「えっと、斉藤さん?」
「僕、下の名前の方が良いなー。僕もそうさせてもらうし」
確認するように呼んだ雷蔵に、タカ丸は変わらずニコニコしながらさらりと言い足す。
「…タカ丸さん?」
「ほんとはさん付けも要らないんだけど、仕方ないかな」
くっと寄せられた兵助の
眉間の
皺を
一瞥し、タカ丸は苦笑する。高校時代、運動部に所属していた兵助には、元先輩を呼び捨てには出来ないだろうと思ったのだ。
「僕の学年でこの大学来てる人いないみたいで、一緒に遊んでくれる人探してたんだ。こんなに早く知り合いに会えてラッキーだな。これからまたよろしくね、兵助くん、雷蔵くん」
ちょっと押し付けがましいかなと思いつつも口にしてみれば、2人とも多少戸惑いを残しているものの、嫌そうな様子はなかったので、タカ丸は内心ほっと胸を
撫で下ろす。
その後は思い出話や共通の知り合い達の近況の話等で盛り上がった。かつての文化祭や体育祭の思い出、タカ丸が卒業した後の高校の様子、兵助達と同年でタカ丸も見知っている八左ヱ門や三郎、又はタカ丸の友人であり兵助が所属していた放送委員会の委員長だった仙蔵の近況。
笑い話す彼らの
傍らの窓の外、桜がひらりひらりと静かに花びらを降らせていた。
了
タカ丸・兵助、再会編。
すいません。「斉藤先輩」呼びがさせたかっただけです…。
あとタカ丸さんの進路については、現パロでも“年上なのに後輩”をやりたくて作りました。現実にこんな進路取ったら他の美容師目指してる方に喧嘩売ってるようなもんだと思います。申し訳ない。パロディなので! 遊ばせて下さい!
(2009/09/28 UP)
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