*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*

と な り で







 味噌汁の鍋をひと混ぜして、タカ丸はコンロの火を消した。ご飯は30分ほど前に炊飯器が炊き上がりを示して鳴ったし、作り置きしてあった白和えと、レタスとトマトとカリカリに焼いたベーコン、それに今出来た味噌汁で、今日の朝食は出来上がりだ。
 自分の分を盛り付け、もう一人分、こちらはおかずだけをよそってカバーを被せた。
 そこまで終わらせるとタカ丸は一息つき、しゅるりとエプロンを外した。椅子に座って独り手を合わせ、時々時計を気にしながら食事をかき込んでいく。最後にお茶をぐいっと飲み干し、もう一度手を合わせて、すぐに食器を片付け出す。
 そこでようやく奥の部屋で未だ寝ている同居人に声を掛けた。
「兵助くーん、オレそろそろ出掛けるねー」
 しばらくして、んー、と寝ぼけた声が返った。ごそごそと身動ぐ気配がした後に、奥の部屋の戸が開いて同居人がのそりと出て来た。先程の声同様まだ寝ぼけているらしく、普段は大きな印象の目が半分程しか開いていない。
「おはよう、兵助くん」
「おはよ、タカ丸さん…」
 兵助は大きな欠伸をしながら洗面台に行き、戻って来た時には少しさっぱりした顔をしていた。
 その間にもタカ丸は洗い物を終え、を取ってきて出掛ける準備を整えていた。
「じゃあ行って来るね。雷蔵くん達によろしく」
「あぁ。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
 兵助の脇を通り抜け様、彼のに軽くキスをして、タカ丸は慌ただしく出掛けていった。バタバタと走る足音が徐々遠退き、やがて聞こえなくなる。
 急に静かになった部屋の真ん中で、兵助はカリリと頬を引っ掻いた



 今日は土曜日で、タカ丸は美容室で一日中バイトだ。休日の美容室は朝が早く、普段学校に行くのよりも早く家を出る。それでもこうして朝食はきっちり作るし、いつもは自分用の弁当のついでに彼の昼食用のおかずまで作って行くのだからマメな男だ、とまだ温かいその朝食を食べながら兵助は思う。今日昼食が作られていないのは、昼は遊びに来る雷蔵たちと外に食べに行くと伝えてあるからだ。
 ともあれ、どうにもタカ丸は己の恋人を甘やかしたくて仕方がないらしい。付き合い始めて約1年、彼が兵助へ何かを望むことは意外と少ない。
 その数少ない望みの一つに、先程された出掛けのキスが入っている。普段学校に行く時はされないのだが、バイトの時は丸一日会えないから、という理由でされている。兵助にはよく分からない理屈だ。
 白和えの最後の一口を味わい、兵助は食事を終えた。
 食器を片付けた後、一応軽く掃除機を掛けて、兵助は出掛ける準備を始めた。
 今日会う友人達は高校の頃からの付き合いだ。先程名前の出た雷蔵――不破雷蔵と鉢屋三郎、竹谷八左ヱ門の三人で、今でも時々一緒に出掛けたり酒を飲んだりしている。大学でタカ丸に再会してからは、彼もそこに加わることが増えていた。そうして連んでいたら告白され、兵助はタカ丸と付き合うことになったのだが。
 ふと見上げた時計は待ち合わせ時間30分前で、兵助も出掛けた。



 昼食は旨さで定評のあるラーメン屋で食べ、ブラブラと兵助達のアパートに戻り、リアリティとやり込み度で有名な某アクションゲームを皆でプレイする。大型竜を四、五体狩って、だらりと雑誌を読んだり別のゲームをしたり。そうしていると頃合いの時間になるので今度は夕飯の買い出しに行く。唐揚げ、魚、枝豆、イカ、刺身も少々。飲むのは基本ビールで、酎ハイも何本か。
 飲んで食べて程良く酔って、一息ついた頃に兵助の携帯が鳴った。流れ出したメロディは、タカ丸が自分の好きな曲だと言って、自身の個別指定に勝手に設定したものだ。この着信音が誰を示すのか知っている八左ヱ門達が、勝手にお疲れーと騒ぎ出す。
「…もしもし」
『兵助くん、バイト終わったよ』
「うん、お疲れ。どうしたの」
 酔っ払い達の声がうるさかったので、兵助はキッチンの方へ移動していく。
『ツマミとかビールとか、足りてるかなって思って。足りなければ買ってくよ』
 足を止めて振り返り、物の散らかったテーブルを見遣った。皿も缶もほとんど空いてしまっている。ここにタカ丸が帰って来れば皆も飲み直すはずだ。一応確認、と兵助は携帯を少し遠ざけて、
「お前らまだ飲むよな? タカ丸さんが、追加買ってこようかって言ってる」
「飲むぜー。タカ丸さんとまだ飲んでないからなー」
 何が可笑しいのかそのまま笑い出した八左ヱ門の隣で、雷蔵も笑顔で頷いた。三郎は、こっちもよろしく、と酎ハイの缶を振ってみせた。
「飲むって。ごめん、頼む」
『良いよ。あ、兵助くんも来てもらってもいいかな? ついでに明日からの食材も少し買っておきたいんだ』
「…良いけど。今どこにいるの?」
 兵助はつっと目を細め、けれど変わらぬ口調で了承する。再度キッチンへ移動して、冷蔵庫の中身をざっと確認していく。タカ丸の方が覚えているだろうけれど、一応、だ。
 タカ丸が告げた場所は近場のスーパーとアパートの真ん中辺りにある公園だった。兵助は通話を終えた携帯を閉じてそのままズボンのポケットに突っ込み、棚の上に置いておいた鍵と財布を取り上げた。それを見留めた三郎が声を掛けた。
「兵助、どこか行くのか?」
「うん。タカ丸さんが明日からの買い物もしておきたいらしいから、手伝ってくる。悪い、適当にしててくれ」
「分かった。気を付けてね」
 雷蔵の言葉に頷いて、兵助は家を出た。タカ丸の居る公園までは歩いて5分ほど、足早に歩いて辿り着く。
 彼は公園の入口のに浅く座って待っていた。兵助の姿を見つけるとパッと立ち上がり、安堵したように顔を綻ばせた
「兵助くん、ごめんね」
「いや、良いよ。で、どうしたんだ?」
 立ち上がったタカ丸とは逆に、今度は兵助が柵に凭れ掛かる。じっと見上げていると、最初は目を瞠っていたタカ丸が困ったように眉を下げた。敵わないな、と呟きが零れる。
「カッコいいな、兵助くん。ヒーローみたいだ」
「ははっ、大袈裟だな」
 苦笑しながらも、悪い気はしなかった。
「ほんとだよ」
 そう言って、タカ丸は手を伸ばし、兵助の肩に両手を預けた。頭も垂れて左肩にコトリと乗せる。
「どうして、分かったの?」
「何となく。声、かな。あと冷蔵庫の中身が、皆が来てるのに無理に買出しに行かなきゃいけないようには思えなかった」
「そっか…。結構バレバレだったんだね」
「そうでもないよ。多分皆は気付いてない。あぁ、三郎は冷蔵庫の中見てるから、何か気付いたかもしれないな」
「三郎くんかぁ…。また何か言われそうだなぁ」
 タカ丸の声がまた更に少し沈んだ。タカ丸と三郎は美容師の卵とメイクアップアーティスト志望、と目指す道に通じるものがあるからか、比較的よく話すのだが、どうにも微妙なところで反りが合わない。というか三郎がタカ丸に手厳しいように見える。兵助は慰めるように、己の肩に乗ったタカ丸の頭を優しく叩いてやった。
 はぁ、と一つ溜息を零して、タカ丸は口を開いた。
「特別、嫌なことがあったわけじゃないんだけどね。ただいつも通り、オレより後に入った子がどんどん上手くなっていってることが、今日はうまく流せれなくて。このままじゃ皆と美味しくお酒飲むことは出来そうになかったから、ワンクッション置きたかったんだ。ただ、それだけだよ」
 彼は高校を卒業した後、美容師専門学校へ通って美容師資格を取得した。けれど親の意向で、専門学校卒業後に大学へ進学したのだ。技術を衰えさせぬよう、また少しでも仕事を覚えようと、現在は大学へ通いつつバイトの形で、土日を中心に美容室に勤めている。そうなれば当然、専門学校卒業後に普通に就職した者とは、仕事に割ける時間が全く違ってくる。頭では分かっていても、どうしてもそれを辛く感じる時があるようだった。加えて、彼の取った進路に関して悪し様に言う者もいるらしい。美容師と大卒、2兎を追っているように見えるだろうし、実際その点に関して否定は出来ないので仕方がない、と彼は以前苦笑してみせていた。
 兵助は何も言わず、ただゆっくりとタカ丸の頭を撫ぜる
 弱音を吐き出したタカ丸は、呼吸を整えるように幾度かゆっくりと、吸って吐いてを繰り返していた。やがて一際長く息を吐き切ると、腹に力を込めて身体を起こした。
「ありがとう、兵助くん。これ以上待たせるのは雷蔵くん達に悪いから、そろそろ行こうか」
「そうだな」
 タカ丸に手を引かれて柵から身を起こした兵助は、そのままきゅっと握られた手に視線を落とす。
「…ダメ? スーパーの手前まで」
「人が来たら放せよ」
「うん、ありがとう」
 タカ丸は嬉しそうに笑って歩き出した。手を繋いでいる兵助も、釣られて共に歩き出す。
 少し冷え込む夜気の中、繋いだ手から熱が滲んで、それがとても心地良かった。



  了



 友人からお題をもらいました。
 タカくく・現パロ・同棲・甘め で、話を1つよろしく!と。
 自分的未知の領域に頭を悩ませた結果、こういうものが出来ました。しかも設定広がり過ぎて、他にも書きたい話が出て来たというおまけ付。
 っつーかコレ甘くない…。
 友人たちからは出かけ際のちゅーに、予想外に強い反応をもらってびっくりしました。甘め、の指定にふと思いついて入れただけだったのに。入れて良かった。

(2009/09/28 UP)

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