*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*
「スタリオンてさ、忍びになれそうだよね」
僕の言葉に振り向いた
痩身のエルフは、心底不思議そうな顔をしていた。
青く疾く
最近よく訪れるようになったデュナン湖畔の城で、元気が取柄の同盟軍軍主が遠征の準備をしている間、セオはのんびりと屋上で空を眺めていた。
広い屋上には人影は無く、代わりに幾つかの動物の影がある。コロコロとした小さなムササビたちが数匹と、大きなグリフォンが一羽。割と
頻繁に屋上にやってくるセオに、彼らはいつの間にか懐いていた。今もフェザーはセオの足元に寝そべり、ムクムクたちは周囲で何やら遊んでいる。セオも
寛いだ様子でフェザーに背を預けて座り、時折飛び付いてくるムクムクたちとじゃれたりする。
晴れ渡った空の下に吹く風は、少し強いが快い。今はデュナン湖の方から吹いてきているので水の気配もする。風に揺れるフェザーの羽根に顔や首をくすぐられ、軽く笑いが洩れる。楽しそうに笑うセオに、やはり楽しそうにムクムクたちが引っ付いていく。
その風が不意に流れを捻じ曲げた。突然の
闖入者に押し上げられるように少し逆巻く。
「やあ、スタリオン」
風を裂いて現れたエルフに、セオは上体を起こして声を掛けた。
スタリオンは屋上を半周したところで止まり、セオに片手を上げてみせた。
「あぁ、セオさん。こんな所に居たんですか。下でカイが探してましたよ」
「あぁ、準備が終わったのかな。知らせてくれてありがとう」
身体に張り付いていたムクムクたちを退かし、フェザーに「またね」と声を掛けて屋上を出る。ふと気配を感じて振り返ると、珍しく普通に歩くスタリオンが後ろに居た。
「あれ、走らないのか?」
思わず訊ねる。
「カイとシュウ軍師に屋内では走らないでほしいと頼まれたんです」
何故か苦情が一杯来るらしいとけろりとした顔でスタリオンは言う。
「…さっき走ってなかったか?」
「カイに頼まれてあなたを探してたんだから、構わないんじゃないですか」
本当に特に気にした様子も無くスタリオンは答えるが、どうやら彼が通った後らしき
痕跡は、廊下の所々で目に出来た。割れた花瓶や、先程通り抜けた青いモノを噂する人々。そして時々通り掛かる人からスタリオンに投げられる恨みがましい視線。
三年前より磨きが掛かったらしい彼の走りの被害は
甚大なようだ。
思わず苦笑を洩らしつつ、セオはかつての戦争時のことを思い出した。
セオは彼を何度も伝令役に使っていた。かなりの速さを誇る彼の走りはとても役に立った。戦争時に重要視されるのは素早い情報の伝達や状況の把握だ。忍びが仲間になってからも、
頻度は減ったが彼に伝令を頼んだことが何度もあった。
忍びに負けず劣らず…と言ってしまっては彼らに悪いかもしれないが、それでもこのエルフの
俊足には何度も感心したものだった。
その時ふと思いついたことを、セオは冗談半分に口にした。
「スタリオンてさ、忍びになれそうだよね。もう少し人目を避ける方法とか身に付けたら、だけど」
昔を思い出していた所為で歩みの遅れていたセオを、スタリオンが振り向いた。心底不思議そうな顔で首を傾げる。
「何で人目を避けなきゃいけないんですか。この俺の素晴らしい走りを、たくさんの人に見せないでどうするんです。俺は皆に俺の速さを見せるために旅をしてるのに、人目を避けたんじゃ全く逆ですよ」
本当に普通に、当然のことのようにそう言う彼に、セオは今度こそ吹き出した。肩を震わせ弾む声のまま、楽しそうに口を開く。
「…あぁ、でもさ。君が足音も無く自分のすぐ傍を走り抜けていったりしたら、人はもっと驚くだろうね」
「そんなことをしたら皆俺が走っていったのにも気付かずに、突風が吹いたと思っちまいますよ」
「成る程。…分かったよ、僕の見立て違いだ。スタリオンは忍びにはなれないな」
当たり前だと言うのに返ってきたのは、笑い声だけだった。
城のホールにセオとスタリオンが現れると、遠征のメンバーを連れたカイが嬉しそうに手を振った。その周りにはナナミとシーナとハンフリーが居る。
「お待たせしちゃってすみません」
「よう、セオ」
「今回はシーナも一緒なのか。久し振りだな」
シーナの挨拶にセオも手を挙げ返す。ハンフリーにも久し振りと声を掛けると、軽い
首肯が返ってきた。
「本当にすみませんでした。もう、出発できますから。
スタリオンもありがとう。ご苦労様。…ところで、スタリオン? さっきもしかしなくても走ってた?」
最初は素直に礼を述べ、それから微妙に顔を歪ませる。
「あぁ、走った」
「…城内は走らないでって僕言ったよね?」
「言ったな。でもカイが急いでセオさんを探してくれと言ったから急いだまでだな」
スタリオンに悪びれた様子は全く無い。カイの口許が
引き攣る。その脇でシーナがまたやったのかと笑う。
「もう! 笑い事じゃないんだよ、シーナ君」
「物壊すくらいならまだ良いけど…いや良くないけど。とにかく人的被害だけは出さないようにくれぐれも気をつけてね」
「大丈夫だ、目には自信がある。人にぶつかるような無様なことはしないさ」
「………うん、よろしく」
遠征に出る前から疲れ果てたという風に、若い軍主は重く溜息を落とした。その様子にセオは思わず声を掛ける。
「僕の見た限りでは、誰かに怪我をさせてた様子は無かったよ」
「…僕のところにも今のところはそう言う報告来てないんで、一応安心してるんですけど」
「
壺割ったとか書類撒き散らしたとか子供泣かせたとかのクレームは来てるけどな」
シーナの言葉に再び溜息を吐いて、カイは重々しくスタリオンに、
「本っっ当によろしくね」
と力を込めてお願いする。
「スタリオンなら大丈夫だよ、きっと」
少し苦笑混じりに、それでも笑顔と確かな口調でセオが言う。
不意に、カイのすぐ後ろの石板の前に立っていたルックが、何やら心底呆れたような溜息をついた。
「どうかしたかな、ルック?」
「…別に」
セオが訊ねるが、いつも態度の素っ気無い風使いはやはり今日もそっぽを向いてしまう。そんな彼に慣れているセオは彼の態度を特に気にした様子も無い。
カイが二人を忙しく見比べて首を傾げた。
「どうかしたんですか?」
「ん? …どうやらね、ルックは僕が楽しそうにしてるのが羨ましいみたいなんだ」
「な…っ!! いきなり何
莫迦なことを言ってるのさ!」
「そうなんですか?」
「うん、たぶんね。さぁ行こうか。早くしないと日が暮れてしまうよ」
ルックの怒りをさらりと流し、セオはカイを
促す。
カイはまだ怒りの気配を
纏ったままのルックを気にしつつ、ビッキーに行き先を告げる。「はーい」と元気で能天気そうな声が返った。
呪文を唱え始めたビッキーから視線を外し、セオがルックを振り返った。
にっこりと、楽しそうな笑みを浮かべたままで。
「
諸々の苦情は帰って来たらゆっくり聞くから、ちょっと待っててよ」
ルックは冷たい視線でセオを睨み付けることで応え、次の瞬間にはその相手を失っていた。
六人の人間が消えた空間は、突然静寂に包まれた。
それを破ったのはのんびりとした天然娘の声で。
「ルックちゃん、楽しそうね」
ルックは無言で再びそっぽを向いた。
終
意味無し話その1。スタリオンの話。
スタリオン。…初めて書いたよ(汗)。キャラがいまいち掴めず口調こんなんで良いのか?!って感じになってますが。こんなんで良いのかなぁ(不安)。
書きたかったのは単純に「スタリオンって忍びになれそうだよね」って会話の辺りだけでした。ラストのルックとビッキーは手が滑りました。特にルック。最近頭が腐ってますから…ハハハ。
コレ続きを書く可能性が…あったり。この後坊ちゃんが遠征から帰ってきてからの話。坊ちゃんとルックと、多分シーナ。とある小説サイトさんの影響で、彼らはかなりの親友な設定になってるのでそんな感じで。書きたい〜。
因みに題は「あおく とく」と読んでください。漢字変換してくれないけど。
(2003/04/18 UP)
スタリオンのセオに対する口調を変えました。ゲームしてみたら結構丁寧だった。意外。
(2005/07/10 訂正)
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