*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*







「滝夜叉丸、お前、七松先輩のこと苦手なのか?」
 唐突に意外な人物から意外なことを訊かれて、滝夜叉丸はぽかんとした、彼にしては珍しい間抜け面を晒した。質問主は隣の組の田村三木ヱ門。彼と話していると、嫌味と見栄の応酬になるか、素直に喧嘩なるか、たまにまともに喋るか、という人間関係を構築している相手だ。嫌味と喧嘩の確率が圧倒的に高すぎて、マトモに話し掛けられるとどうしても戸惑う。そして戸惑っていると、短気な三木ヱ門のこと、すぐに頬の筋肉をひくつかせて怒りのボルテージを上げていく。
「聞いているのか?!」
「あ、あぁ、何だっけ…あ、七松先輩! いや、苦手というか」
「何だ」
 怒ることより答えを聞くことを優先したらしい三木ヱ門が先を促す。促されてもなぁ、と滝夜叉丸は内心困っていた。どう言えば良いのか。
「扱いに困るというか」
「…まあ、そうだろうな。というか扱えたらスゴイな」
「ああうむ、中在家先輩とかスゴイと思うぞ、正直なところ」
「で?」
 更に容赦なく先を促されて更に困る。お前も私を現在進行形で困らせているんですがどうなんですか、その辺。
「…七松先輩って、理屈では通用しない部分があるだろう。委員会活動は…まぁいつの委員長でもあんなものだが、時々金吾や四郎兵衛のことを忘れているんじゃないかと思う時があるし。いや私はもちろん余裕で付いていけるがな!」
「次屋はいいのか?」
「あいつは何だかんだで付いてきているからな。3年生だし、もう2年間も揉まれているから平気なようだ」
「あぁ、なるほど。それなら時友や皆本もその内平気になるんじゃないのか?」
「その内な。だが今は」
「だから今は揉まれてる真っ最中なんだろう?」
「そうだがまだ無理なんだからフォローするこちらの身を…って私たちは何を話していたんだ」
「七松先輩」
「あぁそうだったな。だから先輩ももう少し気を配って下されば…私の負担が減るとかではなくてだな! 私は委員長としての責任を問うているわけで!」
「滝夜叉丸、愚痴になってるぞ。そうじゃなくて先輩のことが苦手かどうか」
「別に苦手とかじゃなくてだな! 先輩にももう少し理論的な行動を!」
「分かった苦手なんだな」
 そこまでの怒涛のような流れをすっぱりと断ち切って、静かに結論を下した三木ヱ門に滝夜叉丸は動きをぴたりと止めた。目線だけをちらりと動かして、
「…そもそもの話、何故そのようなことを訊くのだ?」
「予算会議の時に、お前の態度が何か変だったからだ」
「私は先輩方には全員敬意を持って接しているぞ」
「七松先輩にだけはいつもの勢いが無かった」
「…先輩に勢いで勝てる者がいるか?」
「…いないな。まぁうちの委員長は結構張り合えると思うが。いや、ちょっと気になっただけだ、悪かったな」
 とりあえず満足したらしい三木ヱ門が去っていくのを何となく見送って、滝夜叉丸は大きく息を吐き出した。
「…あー危なかった」
 無意識に呟いてから、自分で首を傾げる。何か危ないことがあっただろうか。少しの間そのまま考えてみたが思い至らなかったので、滝夜叉丸もその場を離れた。


 翌日、委員会で集まった時、滝夜叉丸が小平太の顔を見るなり顔を真っ赤にし、そのままどこかに駆け去ったとか何とか。




  了



 2009年秋頃のお礼文でした。17期予算会議小咄。最後の滝は、こへの顔を見た途端に前日の三木との会話をぐあーっと思い出して妙に恥ずかしくなって逃げました。

(2010/01/03 UP)

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