*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*
白い子供と黒い聖者
ぺたぺたとスリッパの音を立てながら歩く。料理の盛られた皿を持っているのとこれから訪れる相手の状況を
考慮して音は普段より控えめに。目的のドアに辿り着き、皿を片手で支えてノックする。
応えの声もスリッパの音と同じように控えめだった。というより弱々しい。
覗き込んだ部屋の中、相手は大人しくベッドの上に居た。
「アレン、メシ持ってきたぞ」
「すみません、リーバーさん…」
アレンが潤んだ目でこちらを見た。一つ一つの動作が
億劫そうで見ていて哀れになる。風邪を引いたアレン。普段は白過ぎる肌の色が、熱を帯びて健康的に見えるのが何とも皮肉だ。彼は
緩慢な動きで上体を起こし、傍に立ったリーバーを見上げた。
「食べられそうか?」
「頂きます」
手を伸ばしてきたので膝の上に盆を乗せてやる。皿の中身は細かく切った野菜のスープだ。息を吹きかけゆっくりと食べ始めるのを眺めながら、リーバーは部屋の隅にあった椅子を引っ張ってきて座った。
「気分はどうだ?」
「大分楽になりました」
「そうか」
予想通りの答えに短く相槌を打っておく。大して体調が変わっていなくても、きっと彼は同じ答えを返しただろう。そういう奴だ。
「食い終わったら熱測るからな」
「はい」
ずずっと小さく音を立ててスープが飲み込まれていく。リーバーはアレンが大人しく食べているのに満足して、持参した書類に目を落とした。
「あの…リーバーさん」
「何だ?」
「熱、自分で測りますから仕事に戻って下さいよ。相変わらず忙しいんでしょう?」
僕は大丈夫ですからと弱く笑う相手に、仕事ならしていると書類を示してみせる。本当はこんなもの持ってきたくなかったのだが、机に山積され過ぎている現実がそれを許さなかった。思わず零れそうになる溜息を飲み込む。
「気分転換を兼ねてるんだ、協力してくれ。好きでやってる仕事だけどな、あんまりあそこに居てばかりだとさすがに気が変になりそうなんだよ。たまには人間の面倒を見させてくれ」
でも、と言い掛けるアレンを制して言い換える。
「んじゃこう考えろ。俺らの仕事は、お前らの傷が一つでも少なくて、一つでも多くのイノセンスを見つけてもらう為にやってる。だから早く治ってもらうように面倒見るのも仕事の内だ。大人しく面倒見られてなさい」
言えばようやく彼は頷いて食事を再開した。
リーバーも再び手元の書類に目を落とす。文字列を追いながら思う。
こんなふうにしていても、明日には彼を戦場へ駆り出さねばならないかもしれないのに。自分たちはそうして守ってもらうしかないのに。気を遣わせて偉そうなことを言って。
再びアレンに視線を遣れば、ぼんやりとした様子で半ば事務的に手を動かしている。その表情は随分とあどけない。彼がまだ子供であるという事実をまざまざと見せつけられて目を細める。
「ご
馳走さまでした」
「んじゃこれな」
皿と体温計を交換し、懐中時計で時間を確認する。結果は37度4分。アレンの熱の残る溜息を聞きながら、あと一日は寝ているよう告げて腰を上げる。
「ちゃんと寝てろよ」
「はい。ありがとうございました」
アレンは再びベッドに潜り込んでいく。扉を閉める前に振り返れば、もう眠りに落ちていた。その安らかな寝顔。
明後日にはまた戦場に行かせねばならないかもしれない。黒衣と切れそうな闘気を
纏わせ、死の隣へ。
だからせめて、今だけでも。
「おやすみ。良い夢を」
了
リーバー班長も大好きです。
みんなのお父さんのようなお兄ちゃんのようなリーバー班長希望。
(2006/12/10 UP)
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