*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*

une partie 03





 パブは今日もざわめきで溢れている。音と色と気配。雑多に入り混じる種族とジョブの中に珍しく子供の姿があった。仕事上、若者が多い場所だが子供は少ない。その子供はパブので大人相手に話し、笑い、金を受け取ってにやりと口の端を持ち上げた。
「ありがとう。また呼んでよ。色々集めておくからさ」
「今回のもガセじゃなければな」
「ドネッドさんの情報だよ、大丈夫! じゃあまたよろしく」
 客に手を振り人混みを抜けようとして、彼は聞き覚えのある声を聞いた。
「ドネッド? ドネッドじゃない」
「リッツお姉ちゃん?!」
 鮮やかなピンクの髪としなやかな体躯。見覚えのある顔にドネッドはわぁっと歓声を上げた。
「あなたもこっちに来てたのね」
「うん。リッツお姉ちゃんはクランで仕事してるの?」
 ドネッドはリッツの腰に佩かれた細剣や、ゆったりとしたデザインのローブに目を留める。
「精霊使い? 赤魔道士?」
「精霊使いよ。よく分かったわね」
「これでも情報屋だからね」
 胸を張って答えたドネッドに、今度はリッツが目を丸くする。
「あなたが情報屋? すごいじゃない」
 心底驚いた様子のリッツに、ドネッドはとても満足そうだ。自慢げに話し出す。
「この世界、『ファイナルファンタジー』とほとんど一緒なんだ。フィールドにある植物とか、モンスターとか。僕あのゲームのデータはかなり覚えてるから、それを活かして、ね。それにね、僕が情報屋本人だって言うとなめられるから、僕は弟分ってことにしてたり知り合いにちょっと協力してもらったりしてるんだよ」
「へぇ…。やるわね、ドネッド」
 ドネッドは照れながらも得意げに笑う。
「…情報屋なら、知ってるわよね、マーシュのこと」
「賞金のこと?」
 ドネッドの顔に浮かぶ笑みの種類が変わった。くっと口の端を吊り上げた、皮肉さを含んだものになる。
「知ってるよ。王宮が大々的に発表したんだから。ミュート王子って、あのミュートお兄ちゃんのことだよね」
「そうみたいね」
「友達に賞金かけられたんだね、お兄ちゃん。当然だよね。世界を元に戻そうとしてるなんて…そんなことさせない」
「ドネッド…」
 ドネッドの変化にリッツは目を瞠る
「僕はこっちにきてようやく手に入れることが出来たのに。何でも持ってて、何でも出来るお兄ちゃんがこの世界を壊すなんて、そんなことさせるもんか」
 暗く重く、そして強い光がドネッドの目の奥にあった。少し逸らせば折れてしまうような真っ直ぐな声。
 リッツは首を傾げてドネッドを見ていた。
「マーシュが何でも持ってて何でも出来る? あなたにはそう見えるの?」
「だってそうでしょ。走れて、学校に行けて友達作れて。やろうと思えば何だって出来るんだ」
 言葉にし切れない、常に置いていかれているという感覚。歳の差と身体のハンデがいつも圧し掛かっているのに、いつも兄は年上の顔で笑っていて、とても嫌だった。
「本当にそうかしら。あたしには、色んなものを諦めてるように見えるわ。手に入るかもしれないものも、手の届かないかもしれないものも、色々」
 言いながらリッツは思い出す。この世界に来る前の日、彼らの家に遊びに行った時。マーシュは兄の顔をしていて、いつもより少し子供で大人だった。家に居る気安さと僅かな緊張。彼女にはそう見えた。
 連れらしいヴィエラ族に呼ばれて、リッツは手を振って去っていった。
「じゃあね、ドネッド。良い旅を」
 取り残されたドネッドは、目を瞠り手を握り締めて立っていた。やがてゆるゆると視線を下げて、揺れる声で呟いた。
「そんなはず、無い…」
 呟きは雑音に紛れ、自分の耳にも残らず消えた。






   To be continued...


 コピー本用に作ったドネッドエピソード。ページ数の問題により収録せずにサイトにアップすることにしました。タイトルに「03」と入っているのはそういう理由。本の方がミュートエピソードの02で終わっているからです。

 自分も妹なので「弟」な部分にちょっと感情移入。世の兄ちゃん姉ちゃんには分からないでしょうけれど、妹な自分はそんなことを思ってました。兄姉が何でも持ってるように見えていたのは確かです。ドネッドの状況なら尚更でしょうね。だからってナイフは投げちゃいけないと思いますけどねー。

(2005/11/18 UP)

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