*読み難そうな漢字には、ポイントを置くとポップアップで読みが出るようにしてあります。*


麗しの銅像





 グリンヒルの奪回に成功して三週間程が経った或る日、それは完成した。
 デュナン湖畔の随分大きくなった同盟軍本拠地の四階テラス、何故か妙に立派な庭園と城の周囲を一望出来るその場所に、全てを眼下に収めているように威風堂々と、しかし静かに立っている。
 何とも見事なその様。
「……………カイ」
「はい。何ですか、セオさん?」
「…………………………………………これは、一体何…?」
 顔がかなり引き攣っているのを自覚しながら、セオは低く訊ねる。
 嫌な予感は確かにあった。
 何故だかいつもより機嫌の良さが五割増くらいのカイと、ものすごく楽しげな様子のナナミがいつものように迎えに来た。
 二人のはしゃぎ様が気になって、何か良いことでもあったのかと本人たちにやんわり訊いてみたが、これには着いてからのお楽しみだと返され。こっそり他の迎えのメンバー  腐れ縁コンビとオウランとフッチ  にも訊ねてみたが、自分たちは知らないと首を横に振られ。
 城に着いたら、いつものようにホールに居たルックと途中で偶然行き会ったシーナまで捕まえて、ここに連れられて来た。
 目の前のブツの所為で頭が巧く回らない。否、ものを考えることを拒否している。ついでに後方から聞こえる二つの笑い声がかなり耳障りで不快だ。その他の人間から伝わってくる白けた空気も物凄く不快だ。背後でルックの声が「最悪…」と呟くのが聞こえて顔の引き攣りが悪化した。
 そんなセオの様子になど露程も気付かず、カイとナナミは笑顔満面で元気良く答えてくれる。
「何ってセオさんの像ですよ! 良く出来てるでしょ」
「この間仲間になってくれたジュドさんって言う彫刻家さんが造ってくれたの。ホントにカッコ良くて本物そっくり!」
「あ、コレ何でセオさんかって言うと今までの戦闘で一番敵を倒してくれたからです。功労賞ってヤツですね」
 そんなものいらない。
 そう、思わず口走りそうになるのをセオは必死で堪えた
 とにかく落ち着かなければと、ゆっくり深呼吸をしてみるが、あまり効果があったようには思えなかった。
「一番敵を倒したって…いつもメモを取ってらっしゃったアレのことですか?」
 戸惑いを声に滲ませてフッチが訊くのに、カイは肯く
「シュウさんが皆の力を把握しておきたいって言うから、ずーっと記録取ってたんだけどさ、この間ジュドさんに良いコト思いついたから個人データを見せて欲しいって頼まれて、見せたらこんな感じ」
 ピッと銅像を指差して嬉しそうに笑う。
「良い出来でしょ。さすがグリンヒルの先生だよね」
「まあ…確かに出来はスゴイな。もしかしてトランにある胸像よりも巧く出来てるんじゃないか?」
 少々青ざめた顔色で呆然と像を見ていたフリックが、どうにかショックから立ち直ったらしい。隣国の行政府にある像を思い出しながらそう言った。あちらは建国の英雄の容姿を少々美化していた。本人は、確かに整っていないとは言わないが、目を惹く程の秀麗さは無い。
 俺には解らん世界だ、とどこか遠い目でフリックは呟く。その背をポンと叩き、振り返らせたカイは相変わらずの笑顔付きで、
「あ、ちなみに次点候補はフリックさんだったよ」
と告げて、彼を再びフリーズさせた。
「確かにそっくりだねぇ」
「…あれ? でもジュドさんがここに来たのは、カイさんがグリンヒルから戻ってすぐの頃でしたよね? それから今日までにセオさんが来たのは二週間くらい前に一度だけだから…」
「その一度に実物見ただけでこれだけの出来かい? 大したもんだね」
 オウランは割と素直に感心している。
 その隣りで、ずっと気遣わしげにセオの横顔を窺っていたフッチが、恐る恐るといった様子で声を絞り出す。彼は最初にカイに一言問いを発して以来、一度も口を開こうとしていないのだ。
「あの…セオさん?」
 セオは言葉を返さず、目顔で「何?」と問い返した。
「……いえ、何でも無いです」
 貼り付いた微笑が怖い。
 フッチの応えを確認するようにそちらを一瞥した後、セオは更に視線を回らせて漸く笑いの収まってきたらしい二名を見遣る。
「そこの二人、いい加減笑い過ぎ」
「わ、悪ぃ悪ぃ」
「ンなに怒るなよ、セオー」
「誰の所為だと思ってるんだ?」
 目を眇めて二人を睨む
「悪かったって。でもコレを笑うなと言う方がムリ…って、ルック、どこ行くんだよ」
 シーナは目敏く、無言で屋内に戻ろうとしていたルックを捕まえて連れ戻す。
 それを迷惑そうに見返して、ルックは眉をしかめる。
「こんな莫迦げたことに付き合う義理は無いよ」
「んなこと言うなよ。もうちょい居ろって。セオがあれをどうするか気になるじゃん」
「気にならない」
「ルック、行っても良いからさ、その前にちょっとコレに<切り裂き>やってくれないか?」
「セオさん?!」
「えぇっ?! そんなのダメですよぅ!」
「そうよ、ダメよ勿体無い! せっかくカッコ良いの造ってもらったのに!」
 ルックは必死の面持ちで抗議の声を上げるカイとナナミを一瞥し、セオの微笑を見遣る。
「どうして僕がそんな面倒なことをしないといけないのさ。やりたければ自分でやりなよ」
「…まぁ、そうなんだけどね」
 はあ、と疲れたように溜息をつき、セオは考え込む様子を見せた。
 カイとナナミは期待と不安の入り交じった眼差しでセオを見上げている。
 フッチは戸惑い、どうすれば良いのか分からない様子だ。
 フリックは先程の破壊宣言に驚きはしなかったものの、心配そうな顔をしている。
 他の四人はほぼ完全に傍観者の体だ。うち二名は相変わらず面白がっている。ルックが未だにこの場に留まっているのはシーナに肩を掴まれたままだからのようだ。
 もう一度、セオは息を吐き出した。先程よりは軽い調子で。
「……あの、やっぱりダメですか?」
「おい、セオ…」
「カイ、ここは都市同盟領だ」
 何かを言い掛けたフリックの言を遮って、セオは静かな口調で話し始めた。
「そしてこの城は同盟軍の城だ」
「はい…」
「僕は同盟軍の者じゃないし、"僕"が君に力を貸していることを余り押し出すべきじゃない。それは君も分かっていることだろう? そんな僕の像をここに造ってどうするんだ」
「ごめんなさい…」
「…どうしてもダメなの?」
 諦め切れない様子でナナミが訊くが、セオは首を横に振る。
「まぁ、確かにあんまり良いことじゃ無ぇな。赤月帝国の頃に都市同盟との戦争を指揮していたのはセオの親父さんだったし、トラン共和国も国境紛争をやってる。お前の気持ちも…まぁ分からなくもないが、これはさすがに良くないだろうな」
 ビクトールはカイとナナミの頭に大きな手を置いて苦笑した。
 二人がビクトールを見上げ、再びセオを見ると、彼も苦笑してごめんと呟いた。
「僕の方こそごめんなさい。嬉しくって他のこと考えられなくて」
「うん…早めに処理を頼むよ」
 まだ勿体無いなぁと零すナナミと、それを諌めるカイ。
 それを慰めるように頭を撫でるビクトールを、不意にセオが呼んだ。
「ビクトール。今の言葉でさっきの態度が帳消しにされるなんて都合の良いことは、考えてないだろうね」
 ビクトールの笑顔が音を立てて固まる。
「お、おい。セオ…?」
「色々と考えておくからお楽しみに」
 にこりと笑んだその顔は、やはり怖かった。
 とりあえずまとまったらしい話し合いを見ていたシーナが、ふと思い出したように言葉を洩らした。
「そういえばコレって、企画書みたいな書類出して上の認可を貰ってる筈なんだよな?」
「そうだろうね」
「ってことは、シュウも目を通してるんだよな? 何でこんなの許可したんだ?」
「そんなの嫌がらせ以外の無いがあるって言うのさ」
「…だよな、やっぱり」
 ついでにセオがそのままにしておかずに、苦労してカイを説得するのも見越してのことだろう。
 やれやれといった様子で、シーナは空を仰いだ。それからあることを思いついて頭を戻し、セオを呼ぶ。
「それの処理さ、俺の親父にそれのことを言うのが一番手っ取り早いんじゃないか?」
 セオの信奉者であるレパントがこの銅像の存在を知ったら、おそらくここにあることを許さないだろう。忍びに命じて秘密裏に壊すか、下手をしたら持ち帰らせて自分のところに飾るかもしれない。
 どちらにしろ、反応は早いだろう。
 それを彼に話すのも、その結果を知るのもかなり嫌だけれど。
「…考えておくよ」
 この日で一番顔を引き攣らせて、セオは苦悩に満ちた返事をした。



        *  *  *



 翌日の昼下がり。
 レパント邸を訪れたセオは、老執事に案内されて庭園へと通された。親しげな仕種で会釈をする執事は解放軍時代からレパントに仕えていた人物で、セオのことも己が主のことも良く知っている。余計なことは何もせず、静かな笑みでセオをもてなしてくれる。
「いらっしゃい、セオさん」
 ふわりと、まさに花のように笑んでセオを迎えたのはアイリーンだった。
 セオはトランに戻ってきてから、時々こうしてアイリーンと午後のお茶を共にするようになっていた。戻ってしばらくした頃に彼女に招かれてからの習慣だった。彼女とお茶を飲むのは楽しいし、何より彼女の前でならレパントもそれ程暴走出来ない。彼は良くも悪くもアイリーンには弱かった。
 アイリーンの笑顔に和みつつ、セオは前日の同盟軍本拠地での出来事を簡単に話す。
「レパントといいカイたちといい、どうしてあんなものを造りたがるのかな…」
 心底疲れた様子のセオに、ふふふとアイリーンは楽しそうに笑った。
「それは、皆が貴方のことを大好きだからですわ」
 その、薫るような花の微笑。
「………同じようなことをクレオにも言われた」
「だって、そうなのですもの」
 微笑むアイリーンにつられたように、セオも少しだけ口許を綻ばせた。




  終


 幻水2にて、同盟軍本拠地に坊ちゃんの像を建てました。
 …まさかホントに建てれるとは。
 やった本人もかなりビックリ。だってゲストキャラ(?)ですよ? 宿星でもないし本拠地に常駐もしてくれないし1のデータ無いと出て来てもくれないし。
 そんな人の銅像建てちゃう同盟軍て…。それで良いのだろうか。
 私は嬉しかったけど。
 まぁ、ジョウイの像ですら作れるという話なのだから、坊ちゃんのくらいはどうと言うことも無いんでしょうね、きっと。

 それにしてもまとまりがありません。
 書き始めたら何故だか妙に広がってしまった…。だらだらと長いし。やっぱり登場人物多くし過ぎたかなぁ(泣)。
 目指せ精進。

 シュウとレパントに関しては、実はあまりキャラを決めてなかったりするので、今後性格が変わるかもしれません。性格と言うか、坊ちゃんとの関わり方、かな。とりあえずレパントは坊信奉者、シュウとはちょっと睨み合い、みたいな感じにしてますが。
 頑張れ坊ちゃん。いろんな意味で。
 次はシエラさんとかも書いてみたいですね。

(2003/06/21 UP)

  back