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刹那の邂逅





 これが最後になるであろう戦いの準備を粗方終えたところで、不意に石版を見に行こうかという気になった。遺跡内を探してセラに少し出るを伝え、同行を申し出るのには心配ないと言う言葉を残して転移する。
 薄暗かった遺跡から突然真っ青な空の下に出て、一瞬目が眩む。
 身体を包んでいた魔力の膜が消えた途端に強い風が吹き付けてきて、煽られて少しよろけた。服の裾がバタバタと鳴って煩い
 草の匂いを強く含んだ風の渡る草原の直中に、それは黒いシミのようにポツリと在った。滑らかな表面とぐるりと刻まれた細かな装飾。そして一〇八の宿星名と一〇〇前後の人名。
 運命の石版と呼ばれる物。
 手を伸ばしてその冷たい表面に触れると、師の魔力の波動が感じられた。ずっと身近で知っていたそれを懐かしく思い、思ったことに自嘲を刻む。
 指を滑らせて手繰った天間星の下は空白。
 そのことを嬉しく思う己に更に自嘲を深めて、指先を石から滑り落とした。
 風が耳元で渦巻き高く鳴る。
 不意に空間を越える魔法の気配を感じた。一瞬セラかと思ったが、違った。
 黒い長い髪が空に散り舞う。
「…ルックちゃん?」
 ルックは思わず目を瞠った。
 白い法衣の黒髪の少女。その姿は記憶にあるものとほとんど変わらず、一瞬時間を錯覚する。
 しかしすぐに彼女が今は敵であることを思い出し、身構えようとした。が、
「ルックちゃん!」
 それよりも早く抱き付かれ、唐突な行動に対処し切れず少女共々倒れ込んでしまう。ルックは押し倒される形で後ろに倒れ、背後にあった石版に思い切り頭をぶつける。
「…っ痛!」
「きゃあっごめんなさい!」
 すぐにビッキーは身体を起こしてルックの上からずれる。ルックの傍らに座り込んだまま、顔を覗き込んで小首を傾げた。
「ルックちゃん、大丈夫? 痛い?」
 その白く綺麗な手が自分の後頭部を撫でようとするのを、ルックは思わず振り払っていた。
 きょとんとした顔で自分を見返してくる少女から反射的に目を逸らし、逸らしたことを心の中で罵倒する。
 何をしているのだ、己は。
「ルックちゃん?」
「…何で僕の心配なんかしてるのさ。君は<炎の運び手>で、僕は君の敵だろう?! そんなことしてないで、僕を捕まえるとかするのが普通だろう!」
 目を逸らしたまま半ば叫ぶようにルックは言うが、返ってきた答えは、
「うん、でもルックちゃんだから」
と、何とも気軽な調子のそんなもので。
 ルックは思わず顔を上げて少女の顔を真正面から見詰めた。
 そこにあるのは彼女らしい柔らかな笑顔。
 訳が分からない。
 ルックが呆気に取られている隙にビッキーは手を伸ばし触れて、「やっぱりタンコブ出来てるね」と痛そうに呟いた。
「…人の話聞きなよ」
「ちゃんと聞いてるよ。
 あのね、ルックちゃんが敵だって分かった時ね、アップルちゃんもフッチ君もトウタ君もすごく辛そうだったよ。ジーンさんもすごく悲しそうだった」
 かつての仲間の名に、ルックはその端正な面から表情を消した。冷たい、人形じみた瞳。破壊者の顔。
「私もね、嫌だったよ。ルックちゃんがそんなことしてるって聞くの。だから止めて欲しいなって思ってる」
 じっと、ビッキーの黒の双眸がルックを見詰める。
「でもね、ルックちゃんだから。皆に無理矢理止められるんじゃなくて、自分から止めて欲しいの。ねぇ、ルックちゃん?」
 コトリとビッキーが小首を傾げる。
「ルックちゃんが本当にやりたいことって何? 皆を紋章から自由にするって、本当にやりたいことはそれだけ?」
 じゃあ、どうしてそんなに辛そうな顔をしてるの?
 ビッキーは先程戻した手を再び伸ばし、今度はルックの頬に触れた。見開かれた彼の翠緑の双眸が、大きく少女を写し取る。
「僕は…」
 震える声が言葉を紡ぐ。
 頬に当てられた手が温かい。
「僕は……」
「ルックちゃん?」
 凍りついてしまったように動かなかったルックが、不意に身体を前に傾がせた
 掠めるようにビッキーにキスをして、さっと立ち上がる。
「…ルックちゃん?」
 何があったのか理解出来ていない様子で、ビッキーはルックを見上げている。背けられた顔の表情は見えず、更に解らなくなる。
 ルックは何も答えず、踵を返した。その傍らに仄かな光が落ち、波紋の様に広がってセラが現れた。音鳴り渡る風に煽られて、少女の服の裾が翻る
「ルックさま…、っ!?」
 セラは大切な人の無事な姿にほっと顔を緩めたのも束の間、その人の後方に座り込んだままのビッキーに気付いて、さっと顔を強張らせた。臨戦態勢に入ろうとするのをルックに軽い身振りで止められ、眉を顰める
「ルックさま…」
「良いんだ、セラ。もう用は済んだ。戻ろう」
 促され少し躊躇い、けれど結局言われた通りに魔力を広げる。
 先とは逆に光の波紋に二人の魔術師の姿が沈む。
 ルックは最後に一瞬だけ黒髪の少女を見遣り、転移の感覚に身を委ねた。



「ルックちゃん…」
 果て無き草原には、彼女の悲しそうな呟きだけが彷徨った




  終


 る、るくびき…?

 こんなんで良いのだろうかと果てしなく思いつつ。
 ルックとビッキーの話です。3のルックに面と向かって優しく「ホントにやりたいこと何?」と聞けるのはビッキーくらいしかいない気がしてこんな感じ。
 ルクビキにする必要はなかったんじゃ…とか言うツッコミは無しにして。
 ま、話も終盤でルックも随分オカシくなってると言うことで勘弁を(逃)。
 「ルックちゃん」呼びは、以前ステキなルクビキ小説読んで以来の私的設定です。っつかもう自分の中で定着してしまってて。公式無視状態。違和感ありまくりな方すいません(汗)。
 だって可愛かったんだ。

(2003/08/13 UP)





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