紡主=アルク
偶にはこんな二人のカタチ
あ。
キス、したいな。
唐突に湧き上がった衝動に、アルクは
身動いだ。
まだ恋愛経験の少ない彼はこの手の衝動に慣れていない。けれど、初めてでもない。はずだ。普段はどうしていたのだったか。
記憶を探って、アルクは思わず赤面した。手入れをしていた短剣をテーブルにそっと置く。
そうだ、アルクがそんな衝動に駆られた時は、ほぼ決まってトルワドの方からキスしてくれていたのだ。特別それについて、言ったり素振りを見せたりしていないはずなのに。
おかしいな、と思いつつもちらりとトルワドを
窺うと、彼は普段と変わらぬ様子で剣の手入れをしている。アルクの視線に気付いても、どうした?と小さく首を傾げるだけだ。
「いえ、何でもないです」
「そうか?」
まさか自分からキスを
強請れるはずもなく、アルクが慌てて首を横に振ると、トルワドは微かに笑って手元の剣に目を戻した。彼の視線が外れたことに内心でほっとする。
しかし、出来ないとなると余計に気になってしまうのだから不思議だ。
落ち着きなく視線をあちらこちらに投げるアルクに、トルワドは噴き出した。
「何でもないようには見えないぞ。本当にどうしたんだ?」
彼は愛剣をテーブルに置き、長椅子の反対の端に座るアルクへと寄った。隣に座り直し、いつもの柔らかな笑顔で、彼に笑われた所為で赤く染まったアルクの顔を覗き込む。
「アルク?」
名を呼ばれ、指の背で頬に触れられる。アルクは緊張で
強張った手をぎゅっと握り、思い切ってトルワドに顔を寄せた。
ちゅっと触れるだけのキスをして、すぐに離れる。
やってしまってから、後悔と
羞恥に手に顔を埋めた。トルワドからのキスはいつももっとスマートで、事前にこちらの意思を確認してくれる余裕すらあるというのに。自分の何と幼く
拙いことか。
しばらく一人で後悔の渦に迷い込んでいたが、ふとトルワドから何の反応もないことに気が付いた。そろりと指の隙間から窺ってみると、彼は
茫然とした
態でさっきと変わらぬ体勢で座っていた。
「ご、ごめんなさい、トルワドさん! あの、僕っ」
「…いいな」
「……え?」
予想外の言葉に、頭が一瞬真っ白になる。
「いつもは君がキスを待っているのが可愛くて、すぐに俺からしてしまうが、今度からは待ってみるのもいいな」
さらりと髪をかき上げられて、お返しのようにされるバードキス。
トルワドの言葉の意味が徐々に頭に入ってきて、アルクの顔が再び真っ赤に染まる。
「え、ぼく、いつもって」
「さっきみたいにそわそわして俺を見るだろう? …もしかして自分で分かってなかったのか? それはいけないな。他の人の前であんな顔見せないでくれよ」
そんなトルワドの言葉も聞こえているのかいないのか、アルクは混乱しすぎて金魚のようにぱくぱくと口を開閉させるだけになっている。その意識を呼び戻すように、トルワドはついっと彼の
頤を
掬い上げた。
「それで、アルク、満足したのか?」
見透かすように目を
眇めるトルワドを見上げて、アルクはきゅっと唇を結ぶ。
「…足りません。もっと、下さい」
「了解」
言わされたことや、キスを欲しがっていたのを見透かされていたのは本当に悔しかったし恥ずかしかった。しかし、とてもとても嬉しそうなトルワドの笑顔を見てしまえば、自分のそんな
矮小な感情などどこかに行ってしまう。
包み込むように名を呼ばれ。求め、満たしてくれる深い口付けに
溺れた。
了
ツイッターの診断メーカーさんに「紡主からキスをすると?」と聞いたところ、「相手は真っ赤になって固まってます」的な結果を返されましたのでこういうことになりました。
(2012/06/26 UP)
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