*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*

幽寂の回廊





 ざくりと靴の下で砂が崩れる。静まり返った砂丘の中、その音が妙に耳についた。
 晴天の下、黄金色に輝く砂と風紋を描いて渡る風。他には何も無い。音も、生きている者も。
 マーシュは丘を見渡し、そっと息を吐いた。
「この静かさ、風の音…。耳が痛くなりそうだ」
 デライラ砂丘は『鳴き砂』で有名な場所だったそうだ。モンブランも、小さな金属片が触れ合うような軽やかな音がしていてキレイだったと言っていた。
 だが、今の砂丘にその名残は無く、更には不気味な程に生き物の気配が無かった。動物どころか、虫の気配も。
 じわじわと早いリズムを刻み始めた胸を押さえてしばらく進むと、唐突に一人の少年が現れた。整った顔立ち、風になびく白の長衣の。歳はマーシュと同じか一つ二つ上だろうか。無言でこちらを見据える金色の双眸に感情は見えず、酷く冷たい印象を受けた。
「君は…?」
「これ以上、邪魔はさせない」
 声に宿っていたのは憎悪の色。
 マーシュは弾かれた様に身構えた。
「賞金稼ぎとは違う。宮廷の者か!?」
「お前はいなくなれ」
 一歩二歩と近付く少年に、マーシュは剣に手をやりながら後ずさる。クランの仲間は今近くにいない。砂丘の各所に散らばって『鳴り砂』が消えた原因を探っている。
 一対一で、相手は歳の大して変わらない少年だ。なのに、マーシュの足はじりじりと下がる。身体が少年と対峙することを嫌がっている。
 不意に少年が横手を見遣った。弓なりの細い眉をひそめ、
「開いたか。…仕方ないな」
 そう少年が呟くのと、マーシュが後方から自分の名を呼ぶ仲間の声を聞くのは同時だった。
 そして次の瞬間、ぐるりと視界が回り意識は闇に飲み込まれた。



 気付くと、マーシュは仄明るい神殿のような場所にいた。砂丘とは似ても似つかぬ場所だったが、彼は慌てなかった。先程のショックでまだ頭はグラついていたが、それも直に治まることが予測が出来た。五度目ともなれば慣れたものだ。
「五つ目…これが最後だ。クリスタルを見つけなきゃ。
 …さっきのあいつは何者だろう? 近くにいるんだろうか?」
 ゆっくりと身体を起こすと、数人の仲間が近くに倒れているのに気付いた。一緒にひずみに飲み込まれていたらしい。思わず緩む。一人ではないという点でも嬉しいが、クリスタルの前に立ちはだかるであろう神獣との闘いを思うとどれだけ心強いか。
「モンブラン、大丈夫?」
 全員を揺さ振り起こし、最後に小柄なモーグリに声を掛ける。モンブランはクポクポと口の中で何事かをぼやき、とろんとした目でマーシュを見上げた。
「マーシュ〜?」
「モンブラン、最後のクリスタルだよ」
 目をこしこしと擦り、周りを見渡して、モンブランはクポーと鳴いた。
「とうとう辿り着いたんだクポ」
「うん、行こう」
 言って、マーシュは奥へと視線を向ける。行くクポ!とモーグリの声が神殿の空気を震わせて消える。
 しかし、クリスタルを探して進む彼らの前を遮ったのは神獣では無かった。先程砂丘に現れた少年だ。
 瞠目するマーシュが動くより早く、少年の剣が抜き放たれる。
「お前を先には行かせない。お前は、消えろ」
 ふわりと少年の髪が浮き上がり、剣先に光と力が集まっていく。誰かの叫び声と駆け出す音。それらを裂いたのは聞き覚えのある強い声だった。
「剣を収めろ、レドナっ!」
 壁近くに光が生まれ、シドが滑り出てきた。
「ジャッジマスター!?」
「間に合ったか!」
 今までに見た事がない程険しい表情をした彼は、素早くカードを掲げ発動させた。カードの光は少年へ伸び、一瞬絡んで溶けるように消えた。
「レドナ! ここでお前の力を使ったら、クリスタルは壊れるぞ!」
 シドの言葉に、少年は意外にも素直に剣を下ろした。残念そうに自分の後ろを見遣る。
「…そうか。ここはクリスタルに近すぎる…。オメガ、使っちゃダメなのか…」
 そう呟いた顔は奇妙に幼く見えた。
 けれどシドはそんな彼には構わず、剣を下ろしたことを確認すると、今度はマーシュに顔を向けた。
「マーシュ君も退け! こいつと戦ってもムダだっ! 君では勝てない!」
「最後のクリスタルなんだ。帰れるわけないよ!!」
 叫ぶ間に少年が右手を挙げ、背後に闇を呼んだ。音もなく広がった闇がやはり音もなく消えた後には、二人の神殿騎士と二匹のタイタニアの姿があった。少年が再び剣を構える。
 シドは厳しい表情を一層しかめ、エンゲージの開始を宣言してジャッジの力でフィールドを包む。ぱきりと指を軽く鳴らすような音と共に場が選別されたのを感じた。
 マーシュは驚き彼に視線を向けるが、シドはすでに厳格なジャッジの顔をしていた。
 一度深呼吸をし、マーシュは剣を抜いて少年を見据える。纏わりつく嫌な感覚は変わらない。それでも周囲に感じる仲間の気配がマーシュを奮い立たせる。
「行こう、みんな」
 応と返る声の頼もしさ。
 マーシュは床を蹴って駆け出した。



 フィールドは二箇所の床にぱっくりと穴を開けていた。一つは敵である少年の向こう側、もう一つはマーシュ達の目前だ。穴は大きく、マーシュ達は二手に分かれることにする。
 行く手に敵を見据え、マーシュは一人一人を確める。厄介なのはタイタニアの持つ『天使のささやき』という技だ。体力回復だけでなくリレイズの効果も持つ。使わせる暇を与えず倒さなければ。妖精のような容貌の魔物をちらりと見る。
 あとは、神殿騎士の攻撃力の高さと…未知数の少年。
 少年は悠然と歩み寄ってきている。その姿に、ごくりとが鳴った。
「このレドナって…何か妙な感じがする。『君では勝てない』ってどういう意味なんだろう?」
 思わず漏れた呟きに、彼の金色の目がマーシュに向けられた。
「お前はボクに勝てない」
「え?」
「お前はボクに勝てない。絶対に」
「こいつ…っ!」
 笑みすら浮かべて言うレドナに、マーシュは頭に血が上らせる。この世界に来てから積んだ勝利の経験が彼にそうさせた。マーシュは剣の柄を握り直し、少年に踊りかかった。
「マーシュ!」
 レドナは避ける素振りすら見せなかった。相手を捉えた感触はあったのに、彼には傷一つ付いていない。驚き固まるマーシュを敵の神殿騎士が狙うが、カロリーヌが射掛けた矢がそれを防ぐ。
「マーシュ、離れるクポ!」
 モンブランの声に我に返りマーシュは跳び退る。間髪入れずに稲妻が空気を裂いてレドナへと走る。手応えがあったのだろう、モンブランの歓声が聞こえたがマーシュは視線を外さなかった。
 音を立てて雷光が彼の身体をのたうち回る。しかしそれも彼が剣を一薙ぎすると光はあっけなく剥がれ霧散した。
 攻撃が全く通用しない。シドが言ったのはこういうことだったのか。
 マーシュはちらりと壁際に佇む騎士を見遣ったが、彼はやはり無表情にこのエンゲージを見守るだけだった。
 不意に背後に生まれた気配に、振り向き様に剣を一閃させる。次いで敵を追ってきていたモーニが闘気を叩き込んで床に沈めた。
 一瞬口の端で笑ったモーニが、突然マーシュの手を思い切り引いた。倒れそうになりながら首を捻ると、レドナが剣を構えているのが見えた。剣先に光が集まり振り下ろされた。
 魔法だ。そう思った時には足元から黒い光を放つ霧のようなものが噴き出していた。マーシュとモーニは顔を庇い腕で振り払おうとするが、霧は全身を包み、肌を灼くような痛みとグラつく視界を残して消えた。闇の毒にやられたのだ。
「マーシュ、モーニ! 今治します」
 マッケンローが駆け寄って治癒魔法を唱え始める。その合間にも向かってくる神殿騎士を二人で凌いでいると、裂帛の気合を込めた叫びが響き渡った。エメットがカロリーヌの援護射撃を受けてレドナに切り掛かる。
 発動したマッケンローの治癒魔法の光の向こうで、今度もレドナは動かないように見えた。しかし長衣の裾が翻ったかと思うと、赤い残光が彼を中心に放射状に広がり、エメットを吹き飛ばしていた。
「エメットっ!」
 どさりと彼の身体が投げ出され苦痛の呻きが漏れる。それでも素早く立ち上がり、腰を擦りながらひらりと手を振って寄越した。カロリーヌが時間稼ぎに炎のムチで打ち据えるが、それも少年の身体の表面をさらりと撫でただけのようだった。
 マーシュは唇を噛み締める。勝つための糸口が全く見えてこない。
「勝てないっ! どうしてこいつ、いつまでも倒れないんだ!? ジャッジマスターの言う通り、僕の力じゃ敵わないの!?」
 血を吐くような叫びに、対するレドナは寧ろつまらなそうに応えた。子供が新しい玩具飽いた様な残酷さで。
「さっきからそう言っていた。お前はボクに勝てないって。やっと分かったのか」
 三度、レドナが剣を構えた。集まる光に力に、マーシュは肌が粟立つの感じる。
「またさっきの…!」
「邪魔なんだ。お前はいなくなれ!」
「ロウを忘れたか、レドナっ!」
 振り下ろされる剣を止めたのは、エンゲージの開始以来沈黙を保っていたシドだ。レッドカードを掲げレドナにジャッジの権限を行使する。彼はムッとした表情を残して消え去った。彼がいた空間をさっと風が薙いでいく。
「終わった、の…?」
 緊張が抜け切らず、強張った表情のマーシュにシドは頷いてみせる。
「終わった。君の勝ちだ。
 どうする? 帰りたいなら、ひずみの外まで連れて行くが」
 ゆるりとマーシュは首を横に振った。
「最後のクリスタルを、探さなきゃ…」
 不意に襲ってきた脱力感に膝をつく。
 レドナ。あの得体の知れない少年がとても恐ろしかったのだと、今更になって自覚した。あの力、存在感。しかしもう会う事はないだろう。最後のクリスタルは目前にまで迫っており、自分はそれを壊して元の世界に帰るのだから。
 モーニに手を取られ立ち上がり、マーシュは繋いだ手を見た。この世界に来てからずっと共に旅をしてきた仲間。
 彼らとの別れももうすぐなのだと、胃の辺りにぐるぐると凝る何かを抱えながら、マーシュは一歩踏み出した。




  了


 某お祭りの企画で募集していたSSのお題にちょろっと手を付けてみたら、案外出来ちゃいました、という代物。戦闘シーンを文章で、がテーマだったのに余り戦ってない気がして躊躇っていたら他の方が立候補されたのでそのまま自サイトに流用。いやまぁ元々そちらの方(立候補された方)が書きたいようなことを仰ってたから提出しなかったってのもあるんですが。
 …ん? 提出したリッツ編の方が戦闘短いような気が。ま、いっか。
 ちなみに戦闘中マーシュとモーニが喰らったのがアビス、エメットが喰らったのが烈衝波。

(2006/08/05 UP)

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