懐かしい足音
長い指。少し低めの声。元々釣り気味だった目は鋭い印象を与えるようになった。書類に向けられていたその金の双眸が柔らかく細められ、こちらを見下ろす。手を伸ばして
耳朶を掴んで
屈ませる。掴んだ少し上には、瞳と同じ色のイヤーカフス。
「おい、何をするんだ。引っ張るな」
痛い、と上がる抗議の声には応えず、オズはじっとギルバートを見上げる。
ふわりと香る
紫煙。首筋、覗く鎖骨。ふと気付いて、空いている手を喉元に滑らせる。ぐえっと苦しそうな声が上がった。喉仏。
「……オズ」
少しだけ怒気を含んだ声が間近で聞こえた。オズはパッと両手を放す。
「ゴメン」
笑顔でそう言ったのに何を感じ取ったのか、ギルバートは逆に眉を寄せて主の顔を覗き込んだ。
「オズ、どうかしたのか?」
「アハハ、どうもしないって。ホントに心配性だなーギルは」
笑顔を保ったまま、誤魔化しついでにおやつを
強請る。可愛らしく小首も傾げてみせる。
目は、閉じない。声も、距離も変わってしまった彼の前で目を閉ざしたら、真実を見失ってしまうような気がした。
心配そうにこちらを見る目を。酷く優しく触れる手を。ふわりと口許に浮かぶ笑みを。彼がギルバートだと知る前から感じた、今の彼の中にある、変わらないもの達を感じ取る。
あぁ。ギルバートだ。
泣きそうだ、と思った時には涙が一粒転がり落ちていた。こちらの頬に触れようと伸ばされていた手がびくりと跳ね、ギルバートが目に見えて固まった。
「お、おおお、オ、オズ?!」
「ははっ、何でもないよ。大丈夫」
水が零れた跡が乾き始めて少し引きつる。オズは自分で頬を拭って違和感を消した。それから目の前でオロオロと迷っている両手を掴まえて、自分の両手で挟み込み、軽く額に押し付ける。
「苦しいわけでも悲しいわけでもないから。大丈夫。たださ、何か……ギルだなーって思ったら涙出た。多分………ちょっと疲れてるんだよ。色々あったし」
「オズ…」
「だからさ、何か甘いもの、ちょーだい」
顔を上げてへらりと笑う。笑えた、と思う。その辺は自分でも年季が入っているつもりだ。
案の定、ギルバートはほっとしたように表情を緩めて、優しい声で待ってろと言い置いて部屋を出て行った。
彼にはきっと分からない。レイヴンがギルバートだと知った時の、自分の安堵と喜びを。少し前の自分は、この件が解決するまでは家族にも従者にも会わない覚悟をしていた。客をたくさん招いていた成人の儀でスキャンダルを起こし、友とも思っていた従者は自らの手で切り捨てたのだ。合わせる顔などあるはずが無い。
だから、彼に再び会えたこと、彼が10年もの間自分を探し続けてくれたこと、そして今もこうして隣に居てくれることがどれほど嬉しかったか。
昔と変わらぬ丁寧な
所作で紅茶を
淹れ、買い物の時にこちらが何も言わぬうちに買い足していた甘い菓子を添えて。ほら、と自分の前に配されたそれらから顔を上げて、オズは心からの笑みを浮かべた。
「ありがとう、ギルバート」
了
オズくんによる、でっかくなったギルバートさんの確認作業、でした。
何か私、オズとギルしか書いてないですね。いや、ブレイクさんも書きたいんですけど…ね……? うん、まぁぼちぼちね。
(2009/09/07 UP)
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