優しい手
微睡みから不意に意識が浮上して、オズは薄く目を開いた。暗い部屋の中、
隅の方だけが
仄かに明るい。小さく小さく
熾きの
爆ぜる音がして、光源が
暖炉だと分かった。
光に誘われるように動かした視界に黒い人影が入った。ギルバートだ。中空を見つめる金の
双眸に暖炉の光が反射して、天上の満月のようで綺麗だった。
「……ギル」
呼ぶと、
対の満月がこちらを向き、柔らかく細められた。右腕が伸びてきてやんわりと頭を
撫でる。
「すまない、起こしたか」
小さく首を振って否定する。彼の気配は肌に
馴染み、むしろ安心する。
「あの時も…」
「ん?」
「俺が、アヴィスから出て来た時も、お前はこんなふうに
傍に居てくれたよな」
あの時のように腕を伸ばしてギルバートの服の
裾を掴む。
「お前は起きたと思ったらいきなり俺の名前を呼んだな。あれは本当に驚いたぞ」
「うん、すっごくびっくりしてたな」
その表情を思い出してくすくすと笑うオズをギルバートは
睨みつける。
オズもまた、あの時はまだ何も事情を知らなくて、当然のように傍にあると思っていたのとは別の姿があって
随分驚いた。だがやはり彼は彼のままで、今もこうして傍に居てくれる。
「ありがと、ギル」
「何だ、突然。…早く寝ろっ。今日は一日走り回って疲れたんだろう」
照れ屋なところも変わらない。照れ隠しにぺしりと
額を叩かれる。一度そっぽを向いて、けれどとても優しい手つきで彼はオズの頭を撫でる。
「ゆっくり休め。自分で思う以上に疲れているはずだ」
そのまましばらく撫でていたが、腕の動きを追うオズの視線に、自分が彼を子供扱いしていることに気付いて手を引っ込めた。
「すまない」
「ううん、気持ち良かったからさ、続けてよ」
オズの頭を撫でてくれる人は少ない。叔父のオスカーと、今は亡き母くらいではないだろうか。そこにギルバートが加わるのは悪くなかった。
躊躇するギルバートをほら早く早くとたきつけて、オズは再び頭に手が置かれるのを待った。そして撫でられる感触はやはり心地良かった。
たとえその手が人の血に染まっていようとも。
先刻聞いたギルバートの話が耳の奥に
甦る。彼が話している間、事実の重さに思わず
膝を抱えて下を向いてしまい、しかもそれによって
睡魔に
襲われ夢現になってしまっていたけれど、それでもオズは聞いていた。ギルバートはオズを助ける手段を得る為に人を殺した。だからオズだけはその事実を拒んではいけなかった。その選択がオズの判断を仰いだものでなくとも、オズが彼を従者としている以上、それが責任だと思っている。
「おやすみ、オズ」
「おやすみ…。お前もちゃんと寝ろよ……」
「あぁ」
くすりと小さな笑いが
零れたようだった。ギルバートのとても柔らかな表情を確めて、オズは深い眠りへと落ちた。
了
パンドラ・ハーツ話第2弾。お題内容は「夢現に頭を撫でられる感触」でした。そのまんま題にするにはちょっとアレだったので変えてみました。センスの無さはそっとしておいてやって下さい。
オズは寂しがり屋なので甘やかされるのが大好きです。んでギルはオズを甘やかせるのが嬉しいです。そんな主従。
最後の辺りに書いた従者への責任とか、その辺のことももうちょっと書いてみたいです。
(2007/09/21 UP)
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