*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*

Storm, and Calm





 少女の細い腕が蒼天を突く。
「来たれジャッジよ。戦いの始まりを告げよ!」
 どこからともなく白銀の騎士が現れ、エンゲージの開始を高らかに宣言する。フィールドの空気が一変するのを肌で感じながら、彼女の視線は真っ直ぐに金髪の少年に注がれていた。
 耳にわだかまる風と滝の音、それに湿り気を帯びた空気に、まるで雨の中に立っているようだと少女は思う。
「始めましょう」
 厳かに告げる声は平坦で重く。


 フィールドは峡谷の中腹、山肌を流れる川を挟んで二つのクランは相対していた。川が小さな滝を作る程度の傾斜があり、足元が安定しているとは言い難い。
 リッツは滝の上に僅か迫り出した高台から、ざっと足場を確認する。マーシュ達がいる滝下からこちらへは、滝を迂回する形で緩めの傾斜が繋いでいる。そして目の前には橋。人が一人しか通れないであろう細い橋を利用して、一人ずつ確実に倒していくのも一つの策だが、リッツは渡ることを選んだ。己の意志を示すこのエンゲージで、後ろに引き篭もっているような戦い方はしたくなかった。
「行こう、シャアラ」
 弓を装備したシャアラとアサシンのスザンナに先行して機先を制してもらう。
 斜面下方の敵をじっと見詰めるリッツの横で、シャアラが足を止めた。
「リッツ」
「…シャアラ?」
 ちらりと見遣った親友は悲しげな眼で真っ直ぐにリッツを見ていた。
「リッツ、止めてもいいんだよ。足止めだけならあたしたちだけで平気だ」
 予想外の言葉に目を瞠った。彼女は、自分がここでマーシュを待ち受けると言った時に何も意見を差し挟まなかった。なのにこの土壇場で。
 いや、この場に至ったからこそなのだろうか。
 リッツは一瞬視線を下げ、けれど決然と前を向いた。
「大丈夫。あたし、自分自身にウソはついてないもの。最後までやれるわ」
「なら、いいんだ。そこまで決めてるなら。余計なこと聞いてごめん。もう何も言わない」
 ポンッとリッツの肩に触れ、彼女は橋を渡っていった。
 残りの仲間達に前に出た敵からどんどん魔法で攻撃するよう指示を出し、リッツ自身も橋を渡る。
 マーシュ達は、やはり魔法を警戒してだろう、固まり過ぎないよう注意しながら斜面を上がってくる。その足元へスザンナの矢が射ち込まれたのを皮切りに、リッツ達は攻撃を開始した。

 敵の先鋒に立っているのはマーシュと人間族の闘士だ。シェルの燐光纏い、高い体力と防御力を盾に突っ込んでくる。先鋒二人とサポートの銃使い、ホワイトモンクを加えた連携にスザンナがあっさりと地に沈んだ。
「スザンナ!」
 続いてこちらを向いた彼らの鼻先を、精霊使いのソラヤの炎のムチが掠め、召喚士のイングリットの呼んだラムウが空気を震わせる。その隙にリッツは二つの魔法を唱えた。右手にブリザド、左手にサンダーの魔法を収束させる。ソラヤ達の魔法に耐え、再び動き出そうとした敵の上に二つの魔法を同時に放つ。
「ブリザド、サンダー!」
 闘士が片膝をついた。すかさず後方のセージが回復魔法を唱え出す。回復される前に止めを刺そうとしたフェンサーのリザベスの剣は、マーシュの刀に弾かれた。
「リッツ!」
 マーシュの目が、リザベスを通り越してリッツを見据える。元の世界にいた頃には無かったその視線の強さに、彼は本当に変わったのだと実感する。剣を取り、友達であった自分やミュートに真正面から向き合おうとするその意志も。
「リッツは始めからずっと言ってた。世界を戻す気はないって。それは、いつか誰かが世界を戻すって、分かっていたから?」
「…そうかもしれない。だってゲームは必ず終わるものでしょ? ゲームが楽しいのは終わりがあるからよ。でも、終わらせたくないと思うのは別の話だわ」
「うん、リッツの言ってること、よく分かるよ」
 マーシュの表情が幾分沈む。彼にもそう思った覚えがあるのだ。それでも先へ進むことを選んだ。
 けれどリッツが選んだ道は違う。
「だから、あたしに出来ることは全部やるって決めたの。世界が戻ることが絶対に決まっているとしても、あたしは抵抗する。後悔だけはしたくないから」
 自分が駄々捏ねているだけだというのは分かっている。世界を戻そうとしているマーシュからすれば、自分はまだ遊ぶのだと泣き喚いている子供のように見えるだろう。
 それでも、譲れないものがある。終わりが来るからこそ、最後まで守っていたい。
 レイピアを構え直し、リッツは再び魔法を紡いだ。シャアラの矢が空を裂き、魔法が大気を焼き、打ち合わされた剣と剣が甲高い音を立てる。一人、二人と誰かが倒れ伏していく。

 夢中で戦い続け、気付けばリッツはシャアラと切り離されていた。他の仲間も膝を付くか倒れているかのどちらかになっている。
 橋近くに追い詰められたシャアラに、ホワイトモンクと敵の精霊使いが迫る。
「シャアラ!」
 叫んだ瞬間、下から掬い上げるように剣を絡め取られ弾き飛ばされていた。強い衝撃に息が詰まる。
「終わりだよ、リッツ…」
 苦しげに顔を歪ませて、マーシュが目の前に立っていた。リッツは彼を見上げ、詰めていた息を吐き出して身体から力を抜いた。
 リッツに戦闘続行の意志がなくなったのを見て取って、ジャッジがエンゲージの終わりを告げる。それを合図にマーシュの仲間達も武器を収めた。
「リッツ…」
 気遣わしげなマーシュから、リッツは顔を背けた。


 マーシュは行った。リッツは最後まで頷かなかった。けれど彼を否定することもしなかった。
「マーシュは世界を戻すわね」
 ぽつり、彼女は呟いた。道の向こうにマーシュ達の背中はどんどん小さくなっていく。
「そう思うの?」
 傍らに立つ親友に頷いてみせた。
「マーシュは変わったもの。だからきっとやり遂げると思うわ。でも、あたしは…マーシュみたいに変われない……」
 本気で止めたかったのか、リッツにはもう分からなくなっていた。
 ただ、抵抗する意志を見せたかっただけなのかもしれない。たとえクラスメイトに剣を向けようとも。間違っていると分かっていても。
 戦いの終わった今、リッツの心は奇妙に静かだった。まるで嵐が去った後のように。その後に何が芽吹くのかは、まだ分からないけれど。
「行こう、リッツ。リッツはまだここにいるんだから」
 そう、シャアラが言って歩き出した。山肌を下りていく風がその髪をさらりと揺らす。
 日の光を弾きながらなびく白い髪を、リッツはキレイだと思った。惹かれる様に後に続き、今一度夢の世界へと足を踏み出した。



  了


 FFTシリーズ10周年記念祭「きみはひとりじゃない!」のスレッド内での企画に提出したものです。
 テーマは「戦闘中の一コマ」の文章化。イラストは企画者であるアズリューさまが描いて下さいました。(詳細は↑祭の本サイトさま内「作品プランニングスレッド」にて)
 こんな拙い文章にこれほど素晴しいイラストを…! 本当にありがとうございます。リッツの可愛らしい笑顔とシャアラの爽やかさが眩しいです。かと思えば2枚目の二人の凛々しさ! 魔法効果もカッコ良くて。
 テーマの割に戦闘が半分以下だとかさらっと流し過ぎだろとか、己の反省点は多々ありますが。(近いうちに修正しよう…)
 絵を意識してドキドキしながら書いた話でした。

(2006/08/16 UP)

 ←アズリューさま祭関連作品サイト

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