『逃走中!』サンプルページ



 翌朝、金吾はまんじりともせず、教室の自分の席に座っていた。周囲ではいつものように級友たちが朝から元気に遊び回っているが、とてもそこに入っていく気分にはなれない。
 昨日は学園長から話を聞いてすぐに裏山に入り、出来る限りの罠を仕掛けた。日が落ちてからは学園に戻り、罠の場所を確認したり、作戦を考えたりで、結局眠ったのは夜半過ぎだった。疲れから泥のように眠れたが、目が覚めてからこちら、感じるのは言い知れぬほどの高揚感だ。
 緊張している。上級生を相手取る場合もあると思うと、怖くもある。しかしそれ以上に身体が震えそうになるほどワクワクしている。
 膝の上の拳をぎゅっと握り込んだ時、肩を叩かれて金吾は思わず大きな声を上げた。
「わぁっ?!」
「き、金吾? 大丈夫?」
 振り返ると、乱太郎が心配そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「朝から様子が変だよ。昨日やっぱり学園長先生に変なこと頼まれたの? 昨夜戻ってきたの遅かったみたいだし」
「乱太郎…。大丈夫だよ、ありがとう」
「学園長先生には何を頼まれたの?」
「あ、えっと…わ、罠をいっぱい作りなさい!て言われて。それで昨日は遅くまで罠を作りに行ってたんだ」
 やっていたことに概ね間違いはないが、事実をそのまま言うのは憚られ、そう誤魔化した。
「そうだったんだ。お疲れ様、金吾」
「うん、ありがとう」
 どうにか笑って返すものの、心中は心苦しさでいっぱいいだった。すぐに分かることとは言え。
 その時、学園に始業の鐘が鳴り響いた。力強く教室の戸が開けられ、一年は組の担任が姿を現した。
「皆ー、席に着け」
 低く落ち着いた声を張ったのは、担任は担任でも山田伝蔵だった。今日の最初の授業は教科だったはずなのに、何故実技担当の彼が、と生徒たちが顔を見合わせていると、教科担当の土井半助がしおしおとした様子で入ってきた。見覚えのある光景に、生徒たちの間に理解と苦笑が広がっていく。
「えー学園長先生の突然の思いつきにより、本日は委員会対抗鬼ごっこを行うことになった。これから説明があるので校庭に委員会ごとに集まるように。では解散!」
 ざわつく生徒たちを山田の声が押し出す。
「さあ、土井先生も行きましょう」
 恨みがましい同僚の視線に頬を引きつらせながら、山田は土井の背を押した。




 (8、9ページより抜粋)




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