*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*



世界に満ちる哀しみを





 ぱらり、と手元の書類を捲ってモア・ヘッセ巡査は重い溜息を吐いた。書かれているのは日付、名前、年齢、住所、外見的特徴、そして――失踪状況や目撃情報。
 それは、行方不明者として警察に届けられた人達の書類であった。それも、ここ数ヶ月分だけの。それが束と呼べる厚みを持って、彼女の手の中にある。
 最近の失踪者の数は本当に異常と呼ぶ程のものなのだ。届け出があるだけでこの数なのだから、スラム街の居住者や路上生活者を併せればもっと増えるだろう。巡回中に見掛ける彼らの姿は、そう確信させる程に少ない。
 その推測にモアはぎゅっと眉根を寄せた。ざわつきが胸の内に広がっていた。半ば無意識で十字を切りながら、一人の少年を思い出す。秋の中頃に出会った、聖職者を名乗った不思議な少年。少年と出会った時に垣間見た世界の片鱗。そして哀しい兵器の製造法と成長法を。
 モアの唇が恐怖に戦慄く
 自分は恐らく世界のほんの一欠片を覗き見ただけなのだろうから、決して断言など出来ないけれど。あの出来事をこの紙の束に結び付けるのは安直な事だろうか。まさかと自分を少し愚かに感じつつも、簡単に自分の傍に影を落としかねない闇や人の弱さに、否定する事も出来なかった。
 手に感じる悲しみの厚み。
 モアは書類をそっと机に置いて、外へ出た。自分に出来る事と言えば、巡回中に少しでも多くの人に声を掛ける事くらいしかない。人々を見て、話して。もしかしたら闇に落ちかけているかもしれない人の、歯止めになれている事を祈る事しか。
 ざくりと積もった雪を踏んで白く凍える息を吐く。空を仰いだ視界の端を、息や冷気ではない白色の何かが掠めて、モアは思わず振り返った。雪のように白かった少年の髪。
 しかし、翻ったのはマフラーだった。すれ違った黒いコートを着た少年の背中で、白いそれが浮き上がって見えた。暖色系の髪が歩くのに合わせてゆらゆらと揺れている。
 自分を落ち着かせるように帽子をコツリと小突いて、モアは再び歩き出した。街に灯る暖かな明りと、それらが作る深い闇を眇め見る。姉夫婦と白髪の少年の名を、声には出さずに呟いた。



  了

 重箱(設定)の隅を突いてはいけない。
 と思いながらも書いてしまいました。警察関係者でアクマを知っていると言う、ちょうどいい人物がいたもんで。
 時間軸的には3巻の辺り。ラビはこれからアレン達と合流、という所。
 そして各地で元帥やエクソシスト達の足止めに、アクマが大量投入され始めた頃。
 行方不明者の数は、アクマとアクマの贄にされた人の数。
 そんな重箱の隅。

(2006/02/04 UP)

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