*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*

雪降る時に





 イヴァリース。
 突然やって来てしまったもう一つの世界。
 剣と魔法の存在する、不思議なファイナルファンタジー・ワールド。
 モーグリ族のモンブランや、クランの仲間たちに色々なことを教わりながら、僕は今そこで生きている…。


     *   *   *   *


 こちらの空は青が深い。
 真っ直ぐ射し込んで来る朝日を浴びながら、マーシュは大きく伸びをした。深く息を吸い込み、寝ていた身体に空気を送り込む。
 朝起きて、最初に外を眺めるのがいつの間にか日課になっている。ようやく少し見慣れてきた街並を見下ろし、今が現実であることを再認識する。剣と魔法の世界。あちらではない場所。
 朝の賑わいを見せる眼下から目を離して、マーシュは部屋を振り返った。外とは対称的に静かな室内にある音は、同室のエメットの寝息だけだ。寝坊癖のあるエメットを起こすのも、マーシュの最近の日課だった。


 朝食の後はパブに行く。
 午前中と言えど、パブには既に結構な数の客が集まっていた。情報収集に勤しむクランのメンバーだ。様々な種族とジョブと色彩の坩堝だった。
 マーシュはカウンターの脇にたくさん貼られている依頼のメモを丹念に見ていく。最初はこちらの文字が読めるのだろうかと心配したのだが、意外にもマーシュ達が使っているのと同じものだった。
 一つ一つ確認していた目がふと止まる。
「マーシュ、良いのは見つかったクポ?」
 店のマスターから情報を聞いていたモンブランが、小さな身体でちょこちょこ歩きながら訊ねた。
「あ、モンブラン。良いのって言うわけじゃないんだけど…」
 これ、とマーシュの指差す紙面を、モンブランも下から覗き込む。


  『   雪山に連れてって

     子供達が雪遊びをしに
     ルテチア峠まで行きたいと言うの。
     おいしいお弁当を作るから、
     連れて行ってくれないかしら?
     山のモンスターには気を付けてね。

                ラースゥおばさん   』


「これがどうかしたクポ?」
「えっと…雪山ってどういうこと?」
「クポポ?」
 モーグリ族特有の不思議な鳴き声のような声と共に、モンブランは小首を傾げた。
「子供達をってことは、そんなに遠くない場所に雪山があるんだよね? ちょっと近くの遊び場に連れて行ってほしいって感じだし。
 でも、雪山なんてどこにあるの?」
 更に言えば、ここの土地は渇いて暑い。仮令冬になったとして(イヴァリースにそういうものが在るのかも分からないが)、雪が降るようには思えなかった。
「そのことなら今マスターから聞いてきたクポ」
 言って、モンブランはマーシュを窓際に連れて行った。開かれた窓の外に広がる街並、その更に向こうに聳える山の一つを小さな指で示す。
「あの山がルテチア峠のあるルテチア山クポ。異常気象であそこに雪が降ってるらしいクポ。噂ではあの雲が覆ってる部分に積もってるクポ。上の方では随分深く積もってるって話クポ、子供がちょっと遊べる程度のところなら、きっとそんなに時間は掛からないクポ」
 その説明に、マーシュは目を丸くする。
「えっ…あそこにだけ雪が降ってるの?」
「そうらしいクポ」
 モンブランがあっさりと首肯する。
 マーシュは改めてその山を見た。
 彼がこちらに来てからまだ大した時間は経っていないが、ふと気付いた時からその山はいつも雲に覆われていた。それもかなり不自然に、低い高度から。今日は少し雲が薄く、ぼんやりと山の輪郭が見て取れる。広い裾野から始まる曲線は随分高い位置で結ばれているらしいが、その交点は霞んでいて見ることは出来ない。
 この山に、今現在雪が降っていると言う。
「…どう見ても不自然だクポ」
 どこかの魔術士が実験でもしてるクポ?とモンブランは小さく首を傾げる。それから隣で黙って山を見詰めているマーシュの横顔を見上げて、楽しそうに笑い掛けた。
「マーシュ、この依頼受けてみるクポ?」
「…うん、やってみたい」
 そのまま暫く雪山を眺めてから、マーシュはマスターに依頼を受けるを伝えた。
 それから酒場の者が依頼主に知らせに走り、昼過ぎにやって来た肝っ玉母さん然としたラースゥとの打ち合わせの結果、ルテチアへのピクニックは二日後に決行されることになった。


     *  *  *  *


 山裾に至るまで一時間、そして山を登ること更に一時間強で、モンブランの言った通りに遊べる程度に雪の積もった辺りまで来ることが出来た。
 準備していた防寒具――シリルには売ってないかと思ったが、ルテチアの異常気象を受けて置いている店が幾つかあった――を身体に巻きつけ白い息を吐き出しながら、マーシュは自分の周囲に広がる白銀の世界を見つめていた。
 本当に、雪がある。
 冷たくて、柔らかくて硬い、あの雪がある。
「信じられないや…」
 凍える空気をものともせずに駆け回り遊び回る子供達の声が、薄い雲に覆われた白い空に駆け上がる。
 から続く峠へ至る道の途中、道幅が広くて周囲の木が疎らな場所だ。近くに数匹居たモンスターをエンゲージで退けて、子供達にGOサインを出した。皆、本当に楽しそうでマーシュは良かったなと素直に思う。
 道の端に突っ立ってぼんやりとしているマーシュに、エメットが駆け寄ってきて抱きつき、その頭を抱え込んだ。
「マーシュ! 何ボーっとしてんだよ。お前は遊ばないのか?」
 マーシュは慣れない手荒なスキンシップに少し慌てる。
 エメットは同じ人間族の17、8歳くらいの青年で、マーシュに剣を教えてくれている。兄のような存在だった。
 マーシュはクランの仲間が大好きだったが、勝手が分からず未だに戸惑いが抜けない。
「わっ、エメット! ちょっ…痛いよ」
「ははっ、悪ぃ。で、遊ばないのか? せっかくこんなトコまで登ってきたんだ。お前も遊べよ」
「でも仕事だし、モンスターが来ないか見てないと…」
「それは大丈夫そうよ」
 マーシュとエメットは後ろから掛けられた声に振り向く。そこに林の中から出て来たところらしい仲間の姿を見つける。
 カロリーヌと言うヴィエラ族で、その狩人の目と耳で周囲の様子を探りに行っていたのだ。
「少し見て来たけれど、この近くにはモンスターは居ないようだったわ。確かに油断して良いわけじゃないけど、帰るくらいまでは持つんじゃないかしら」
「そうか、ご苦労さん。おーい、モンブラン! 大丈夫そうだってさ」
 モンブランは道の向こう側で他のクランメンバーと共に火の準備をしていた。雪を掘り下げ、を積んで魔法で火を点ける。エメットの声に顔を上げて、了解の印に手を振った。
「ひとまず休憩にするか。エンゲったから疲れただろ」
 エメットに促され、マーシュもモンブランたちの方に足を向ける。
 火のには既にバンガ族のモーニとン・モゥ族のマッケンローが居た。モーニは寒さに弱いらしく、必死の様子で火にあたっている。
「モーニ、大丈夫?」
「あ、あぁ。何とかな」
「ごめん、こんなクエスト受けちゃって。街で待っててもらえたら良かったんだけど…」
 クランメンバーが多ければそれも可能だったのだろうが、マーシュ達のナッツクランにはまだ六人しかいない。大事な前線戦力である彼を外すことは出来なかった。
「気にするな。こンなことどうってこと無い」
「モーニ、格好を付けたかったらもっとマシな遣り方をして下さい」
 説得力ゼロです、と冷たくマッケンローにあしらわれる。
「うるせぇ」
「ははっ、モーニカッコ悪ぃ」
 笑うエメットはモーニに足を引っ張られてコケさせられて、笑うのを止めた。
「何すんだよっ!」
「うるさいっつってるだろ!」
 ぎゃいぎゃい騒ぎ出す二人を尻目に、他の4人は沸かしたお茶を啜った。その辺で拾ってきた木に座って皆で火を囲む。カップと手袋越し伝わる熱が手に快い。
 背後からは子供達の歓声とモーニとエメットの喚声
 マッケンローが軽く空を仰いで白い吐息をついた。
「それにしてもやはり不自然ですね。この山の空気だけ異常に冷たい。この霧が日の光を遮っているだけでなく、おそらくこれ自体に冷気が封じてあります」
「微かに魔力も感じるクポ。やっぱり魔術師が何かやってるクポ」
「それなら、近いうちに依頼が出るかしら。これだけ大掛かりなことをしたんだから、報酬はきっと多いわよね」
 楽しみだわ、とカロリーヌは悪戯めいた色を切れ長の瞳に浮かべた。
 その魔術師の目的や、今日の依頼が終わった後のこと等の話に花を咲かせる彼らの傍らで、マーシュはじっと踊る炎を見詰めていた。
「マーシュ、どうかしたの?」
 左隣に座るカロリーヌが、マーシュの顔を覗き込むように少し屈む。
「え、あ…何でもない。こんなに雪が降ってるから、ちょっと驚いちゃって」
「そうね。こんなに雪を降らせてどうするのかしら」
 お肌が乾燥しちゃうわ、と口を尖らせるカロリーヌにマーシュは困ったように笑う。それからまた視線を落として、揺れる炎を見詰める。あどけなさを多分に残した少年の面に赤金の光が踊り、青の双眸にも欠片が瞬く
「…あのさ、前に僕が居た街のこと、ちょっと話したよね」
「イヴァリースって言う街のことクポ?」
 うん、とマーシュは首肯する。
「その街はね、たくさん雪の降るところだったんだ。
 僕がここに来た前の日もやっぱり雪が降ってて、いっぱい積もってて、学校で雪合戦とかやった。夜はすごく静かで何も音が無くて、ぱさぱさ雪が降ってる音だけ聞こえてた。
 でもね、僕はその街には引っ越したばかりで、それまではもっと南の、雪なんて滅多に降らないところに住んでたんだ。あんなにたくさんの雪は初めてで、慣れなくて、よく転んじゃったんだ」
 くっと一口茶を飲み込む。凍えた空気に口内が乾いて、酷い違和感と不快感に襲われていた。
「本当に、引っ越してまだ半月くらいしか経ってなかったんだ。なのに僕、雪を見てすごく懐かしいって思ってる。あの街を、思い出してるんだ」
 変だよね、とマーシュは苦く笑った。カロリーヌに薬缶を示され、頷いて茶のお代わりをする。
 変じゃないんじゃない?と、カロリーヌが優しく言う。
「引っ越したばかりでも、そこはあなたの帰りたい場所なんでしょう? じゃあ、おかしくなんて無いわよ」
「そうなのかな。よく分からないけど…。あぁ、でも、こっちは渇いてて沙漠みたいで、まさか雪が見れるとは思わなかったな」
「…もっと北方に行けば、普通に雪が降っている地域がありますよ」
 私はそちらの出身ですから、とマッケンロー。
「そうなの?」
「えぇ」
「そのうち北にも行ってみるクポ。マーシュが帰るための情報はどこにあるのか、まだ分からないクポ。イヴァリース中を回ることになるかもしれないクポ」
「まぁ、ステキ。回り終わる頃には、きっと私たちイヴァリース一有名なクランよ」
「すごいね。イヴァリース一、か。大変そうだけど…楽しそうだね」
 パチパチと木の爆ぜる音が静かに響く。
 背後からの喚声が急に近づいたかと思うと、エメットがマーシュとカロリーヌの真ん中に突っ込んできた。
「いつまで年寄り臭く火に当たってるんだよ。ほら、遊ぶぞ!」
 エメットは二人をしっかり捕まえて、ずるずると子供達の方へ引っ張っていく。
「エメット!」
「ちょっと放しなさいよ! 痛いじゃない!」
 二人の文句もエメットのの外れたような笑い声に一蹴される。
 引き摺られる先には、子供達に纏わり付かれて独り奮戦するモーニの姿があった。そこに更に三人分の声が加わり、雪上でほとんど取っ組み合いの喧嘩のような状態になる。雪が盛大に跳ね散らかされて宙に舞う。
「良いんですか、モンブラン? アレを放っておいて」
 力の限りに遊んでいるようにしか見えないエメットとモーニを見遣って、マッケンローが訊く。
「アレを止めに入る勇気はモグには無いクポ。帰りのことくらいは考えてると思いたいクポ」
 モーグリ族は基本的に他種族より身体が小さい。ン・モゥ族も正直体力は無い。なので、止めようとすれば魔法でも使わなければならないだろう。しかし子供達も巻き込んでしまうので却下、である。
 もしもう一度エンゲージすることになっても、その時はその時。頑張ってもらうしかない。
「マーシュも大丈夫でしょうか…」
「それもあの二人の責任クポ」
 じゃれ合いは終わり、今度は正統派の雪合戦になったらしい。2チームに分かれて雪玉の攻防が始まった。時々流れ玉があらぬ方向に飛んでいく。
 雪原に響く声は本当に楽しそうで、モンブランもマッケンローも楽しそうにそれを眺めていた。
 薄い雲越しの光は仄かで反射の光も柔らかい。冷厳なはずの雪原は、奇妙に優しかった。





   了


 友人の円谷がサイトを開設した時に差し上げた初のTA話でした。
 実はこの話が本当に全ての始まりでした。確か最初は円谷と、マーシュ君はクランメンバーに愛されてれば良いよね、んでメンバーはこんな感じでさ、なんぞと話していて、その後何か書けないかなーと思って書き始めてみたらつるりと出て来たのがこの話。
 そして何だかそれを円谷が漫画とかにしてくれて(オフで本にしてちょびっと売ってみたりとかしてました)、TA楽しいねーな雰囲気になって、時々妄想して今に至ります。懐かしい。
 円谷がサイトを閉鎖してしまったので拾い上げて再アップ。

(2007/04/22 再UP)

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