*読み難そうな漢字には、ポイントを置くとポップアップで読みが出るようにしてあります。*


戦争と言うモノ






 昼下がりの城内はじんわりと静かで、夏の気だるい午後を彷彿とさせた。皆何かしら忙しくしているようで、ざわめきは壁を隔てた向こう側に存在しているらしい。
 人気の少ない二階の回廊で、壁を睨んで微動だにせぬアップル女史を見つけたのは、そんな時だった。
「アップルさん? そんなとこで何してるんだ?」
 彼女はゆるりと視線を遣して、年若い英雄を認めた。
「あら、ヒューゴ君。明日の準備はもういいの? 明日は…シンダルの遺跡へ行くのよ」
「これから軍曹と、準備をしながら城内の様子を見回ってくるよ」
「そう…。巡回も良いけど程ほどにね」
「うん。えっと、それでアップルさんは何を…?」
「私はこれを見ていたの」
 アップルが指したのはアーサーの作った城内新聞だった。文面は明日に迫った魔導士との決戦についての記事に始まり、城内の小さな事件やお知らせ、連載小説などが続いている。アーサーはマメな人物で三日と同じものが貼られていることは無い。
「アーサー頑張ってるな」
「そうね。私達のところにもよく取材をしに来るわ。熱心な様子でメモを取って」
「俺のところにもよく来るよ。大体は軍曹が相手をしてくれてるけど」
 そう、と相槌を打つ声音がどこか虚ろで、ヒューゴはアップルを仰ぎ見た。紙面を見つめる彼女の眼は声同様に虚ろで寂しげで、ヒューゴは経験してきた時の長さの差を感じずにはいられなかった。
 目の前に居るのは、自分よりもたくさんの悲しみややり切れなさや他のまだ想像も付かないものを見てきた、一人の大人の女性だ。
「…魔導士、か」
 唇を歪めて、不意に彼女が呟いた。そのどこまでも静かで、それでいてひどく不安定な声音に、強い風の吹く一瞬前の湖面が脳裏に浮かんだ。湖を見つめながら告げられた青年の言葉。
 そうだ、彼女は。彼女たちは。
「ルック…真の風の紋章の継承者、バランスの執行者レックナートの弟子、石版の番人…。
 その様子だと誰かから聞いたのね。フッチかしら」
「…アップルさん」
 ヒューゴを見て、彼女は小さく嗤う
「そうね、私やビッキーやトウタは彼のことを知っているわ。かつての戦友だった」
 その昔を懐かしむ瞳はひどく優しい。けれど口調はむしろ素っ気なかった。どんな感情を込めれば良いのかを迷ったように。
「不思議ね。こんなふうに"魔導士"なんて書かれているとあの人のような気がしないわ。あの人がこんなことをするだなんて、本当に…」
 アップルは暫く紙面を睨み、それからふと、今更のように改めてヒューゴを見た。少年の顔に浮かぶ強い困惑に自分の失態を悟ったのか、珍しく慌てた様子で謝罪した。
「ごめんなさい、ヒューゴ君。困らせるつもりは無かったのよ。明日の戦いに異論が有るわけではないわ。あの人を止めて欲しいのは確かだから」
 止めて欲しい。
 その言葉に、ヒューゴは彼女らの近しさを見た気がした。彼の魔導士の身を案じる響き。その傍に従うセラと言う少女以外では、初めてではないだろうか。
 まだヒューゴが困惑した様子で自分を見ているにアップルは苦笑した。
 話を断ち切るように踵を返し、ヒューゴの背を押し出す。
「ほら、ジョー軍曹が待っているんでしょう? 早くしないと日が暮れてしまうわよ」
 戸惑う彼を階下に連れて行き、玄関を開けてやる。扉の向こうには昼の陽射しと決戦を間近に控えた緊張感と高揚感が満ちていて、ひどく眩しい。広場の方にはジョー軍曹の姿が見えた。
「いってらっしゃい」
 笑顔で、アップルは外を示した。ヒューゴはその笑顔に強さを感じた。母ルシアから受けるものと似ている。何があっても全てを受け止めることの出来るしなやかさのような。
「…行って来ます」
 最後にようやく笑顔を見せて、ヒューゴは階段を駆け下りていった。
 アップルはしばらくそれを見送り、彼らの姿が見えなくなると、ほうと息を吐き出した。





 彼女は彼の言葉を聞いたわけではない。
 彼の姿だとて、戦場で遠目にちらりと見ただけだ。
 彼の行動を、思惑を、報告として聞いただけだ。
 だから尚更に解からない。想像することも出来ない。
 彼が何を考えているのか。どうしてこんなことをしているのか。
「ルック…どうしてなの…?」
 小さな問い掛けは風がさらって何処かに流れた。
 どこにも、届かせることなく。




  了


 アップルが混乱してる話です。戦争やってる最中は頭の中の整理なんて付かなかっただろうなという話。あの状況で納得しろって言う方が無理ですって。ホント。
 ゲーム中でアップルはルックの名を呼んでます(ササライを迎えての話し合いの時。敵がルックだというのが明らかになったばかり)が、あれ絶対出来ないと思うのは私の勝手な思い込みでしょうか。無理だよ、あの段階で名前を呼ぶの。辛過ぎる。そうだよねアップル?!(誰に訊いてる)
 題が更に関係なくなっているのは見逃してください。ちょっと書きそびれて…巧く内容に入れることが出来なかったです。未熟者。
 とりあえずルックの阿呆、と。それだけの話でした。

(2002.10.10改訂)
 改訂、と言いつつ内容はほぼ変わってません。ちょっとゲームとズレてるところがあったので直しただけです。ヒューゴ達はちゃんとルックのことを知って戦ってたんだなぁ、と。
 いや、最初は名前もちゃんと分かってなかったような印象で書いてたので。ルックは確か名乗ってないのでそういうイメージがあったみたいです。ササライからの情報で知るだけ。まぁ、自ら名乗るような人でもないか…。



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