森の中に金属音が高く響く。リッツのレイピアが、シャアラの弓矢が、敵の力を少しでも削ごうと狙いを定めるが、成果はあまり上がっていない。シャアラは放った矢をまた一つ弾かれて、苦々しく舌打ちをした。
「リッツ! そろそろヤバイ。救援を呼ぶよ!」
シャアラと同様に、苛立ちと焦りに顔を歪めながらリッツが叫び返す。
「っ…! そうね、お願い!」
注意を引くためにリッツは魔法を放つ。その光の影でシャアラが信号弾を打ち上げた。空で3つの煙玉が順に弾ける。緑、赤、緑。
(早く…っ)
ぎりりと唇を噛み締め、リッツはまた一つ魔法を放って敵を遠ざけた。それでも敵のつくる輪はジリジリと狭まり、二人を追い詰めようとしていた。
* * *
昼下がり。戦場のようだった昼食の時間を終えたパブのテーブルで、マーシュを始めとしたナッツクランの面々は食後の一時を過ごしていた。普段より穏やかな雑音に包まれて、モーニがうつらうつらと船を漕いでいる。
今後の予定をモンブランやマッケンローと話していたマーシュはふと後ろを振り向いた。違和感があったのだ。原因はカウンターにいるパブのマスターだった。常にはゆったりと構えている彼が、今は慌てた様子で何かの帳面をめくっている。
「どうしたんだろう…?」
「どうしたクポ? マーシュ」
「うん、マスターが」
何だ何だと皆がカウンターに視線を遣る。動いた拍子にモンブランの頭のポンポンがモーニに当たって、ウアとか寝惚けた声が上がった。
「あら、どうしたのかしら」
「SOS信号でも上がったんでしょうか」
「SOS?」
言葉の不穏な響きに、マーシュの眉根に皺が寄る。
「クラン毎に信号の色が決めてあって、それを打ち上げればパブが救援の手配をしてくれるクポ。パブの屋上の見張りが信号を見つけて、通信管でマスターに連絡を取るクポ」
見ればマスターはちょうどその通信管に向かっているところだった。管は細く真っ直ぐ上に伸びており、天井に開いた穴に消えている。おそらく屋上に繋がっているのだろう。マスターは幾つかやり取りをして紙に何事かを書き始めた。
「きっと場所が特定出来たんだクポ。見てみるクポ?」
「うん、見た以上は知らない振りはしたくない」
静かだがしっかりとした声で言うマーシュに、モンブランは嬉しそうに笑った。立ち上がるついでにまだ寝惚けた様子のモーニに仕事だと声を掛けて、カウンターに寄る。
「マスター、何かあったクポ?」
「ナッツクランのモンブランか。SOS信号だ」
言って彼が示した紙は書き上げられたばかりの依頼書だった。少しインクの滲んだ文字で綴られた内容に、マーシュは驚きに目を見開く。
『 救援要請
コリング緑林でSOS花火を確認。
花火の色は緑・赤・緑。
リッツクランが打ち上げたものだ。
近くにいるクランはただちに救援へむかってくれ。
クランセンター 』
「リッツ…?」
「リッツって、前に会った人間族の女の子か? ピンクの髪の」
横から覗き込んできたエメットに、マーシュは茫然としたまま頷く。
「うん、僕の…向こうの世界の友達。…早く助けに行かなくちゃ」
正義感が強くて負けず嫌いなリッツからのSOS。
「そっか、じゃあ行かないとな。マスター、それ俺達が行くよ。水を、そうだな、九人分くれ」
「頼んだぞ」
素早く品物を用意してくれるマスターにモンブランが代金を払い、ついでに目的地の最新の情報も尋ねる。エメットは水を受け取って、準備のために宿になっている二階に上がっていく。
それらをぼんやり眺めていたマーシュは背を軽く叩かれて我に返った。
「ほら、マーシュ、行くんでしょう?」
「…うん」
マッケンローに促され、マーシュも踵を返した。
* * *
リッツの待ち望んだ救援は意外にも見知った顔だった。
「リッツ、大丈夫っ?」
「マーシュ?!」
チョコボで乗り付けてきたのは六人、マーシュ達ナッツクランだ。マーシュはチョコボから飛び降りてジャッジにエンゲージへの参戦を願い出、慣れた様子で腰の剣を抜いた。彼らは強く、素早く。パワーのある剣と的確な魔法で以ってエンゲージに勝利した。
ジャッジのホイッスルと共に森に静けさが戻っていた。リッツは詰めていた息を吐き出して、細剣を鞘に収める。
「マーシュ、ありがとう。また助けられたわね」
笑顔で振り向けば、何故か戸惑ったような表情に出くわして、リッツは首を傾げる。
「マーシュ?」
「あ、うぅん。何でもない。それより間に合って良かったよ。大丈夫そうだね」
「あたしはね。シャアラ、大丈夫?」
振り返り見れば彼女も多少顔色が悪いものの動ける様子で、リッツは安堵に笑みを零す。
「ごめんね、シャアラ。やっぱり二人だけでこの森を抜けるのは無茶だったわね」
「今回は運が悪かったよ。でも、そうだね、今度からはやめよう」
「そうね」
シャアラと二人で反省していると、ナッツクランのモーグリが呆れた顔で首を振った。
「ホントに無茶クポ。やめておくクポ」
「迷惑かけてごめんなさい。ありがとう」
「助かったよ」
「また囲まれない内に街に戻るクポ」
促され、彼らが乗ってきたチョコボに便乗することになった。モンブランがどれに誰が乗るかの指示を始める。
「リッツ」
「マーシュ? どうしたの」
振り返れば、彼は取り残されたように一人で立っていた。傷ついているようなその表情に、リッツは眉根を寄せる。
「リッツは、本当にこちらの世界が楽しいんだね」
「楽しいわよ」
ここにはない白い呪縛。リッツは顔に掛かっていた髪をさらりと耳に掛け直しながら、はっきりと答えた。シャアラに呼ばれて、今行くと返す。
「マーシュだって楽しそうじゃない。クランにもエンゲージにも、随分慣れたみたいね。戦っているの、けっこうカッコ良かったわよ」
マーシュの顔がぎゅっと歪んだ。
「やめてよ」
「誉めてるのよ。さ、もう行きましょうよ」
くるりと背を向けたリッツを、マーシュの声が追った。
「リッツ、この世界は夢なんだ!」
「そう」
「僕はクリスタルを二つ壊した。この世界を守ってるクリスタルを」
「…そう」
「…リッツ」
どこか縋るような目をしたマーシュを一瞥し、リッツは指示されたチョコボに乗った。
「別に責めたりしないわよ。それはマーシュが望んでやってることでしょ。ただ…そうね、あたしはこのままでいたいから、いつかマーシュの邪魔をするかもね」
ここは確かに夢の世界で、マーシュがしていることの方が正しいのだろうとリッツは思う。ここが現実では無いことは彼女自身もよく分かっている。それでも、ここでは自分は『悪い子供』ではなく、正しさに拘る必要も無く。それよりも守りたいものがある。もう『優等生』には戻れないな、と自嘲する。
いつの間にかマーシュのそばに来ていたエメットが、勢いをつけるようにその背をぱしりと叩いた。
「ほら、いつまでそうしてるんだよ、マーシュ。日が暮れちまうぞ」
「あの子達も疲れてるんだから、早く街に戻りましょう」
「あ、うん。ごめん。エメット、カロリーヌ」
マーシュがようやくチョコボに乗り、彼らは森を後にした。日は既に暮れ始めており、森の中には薄闇が漂い始めている。彼らがシリルの街に辿り着いたのは夕食の時間も過ぎた頃だった。
パブにクエストの成功を報告してから彼らは別れた。
「今日は本当にありがとう。…じゃあ、またね」
次に会う時。それが、三度偶然会う時か、リッツがマーシュの邪魔をする時か、現実に戻った時かは分からないけれど。
「うん、また」
二人は手を振って背を向けて別れた。
To be continued...
コピー本用に作ったリッツエピソードです。
ゲーム中でも「救援要請」の時って会話、確かありますよね…。公式無視しちゃってるのでどうしようか迷ったんですが、持ち前の楽観主義でまあ良いかということに……して頂けると嬉しいです(楽観を貫けなかったらしい)。
約1名がやっぱり出張っているのはご愛嬌。彼を書くの楽しいんですよ。いやホント。
(2005/11/24 UP)
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