明くる年







 しんっと冷えた空気が肌に刺さる。最近は暑いくらいになってきた自分の時代との気温の違いにぶるりと身体を震わせ、はぁ、と白く濁る息を吐いた。百年前の湖の砦に人影はなく、冬の谷も静かで、ただ湖の微かな水音だけが遠くさざめく。
 砦を見回して、アルクは小首を傾げた。いつもよりも静かな印象を受けたのだ。静かというか…整えられている。
「来てたのか」
「トルワドさん。おはようございます」
 門の方を振り向けば、荷物を抱えたトルワドがいた。そちらに近付く途中で厨房の勝手口を開けて欲しいと頼まれて、小走りに扉に駆け寄った。
「これは…」
 扉に掛けられた、魔除けの木の枝と実で編まれた飾り。
「こちらは年が明けたんだ。ありがとう」
 追いついてきたトルワドの為に扉を開けて、彼が中に入るのを助ける。
 厨房の中も整えられていた。普段は使わない建物だから元々片付けられてはいるが、更に綺麗に払われて埃っぽさがない。
 先程扉に飾られていたのも、年越しの飾りだ。新しい年の始まりを悪いものに邪魔されないように魔を祓う。
「もうこちらは201年なんですね。…本当に100年目が終わったんだ」
「怪物の侵入はもう終わっていたが…そうだな、名実ともに、てやつかな」
 かまどに火を起こすトルワドの背を見つめて、アルクは手を握りしめた。
「ごめんなさい」
「え? どうしたんだ、急に」
「トルワドさんたちの戦いはもう終わってるのに、僕たちの戦いに巻き込んでご迷惑をお掛けして…」
 俯いてしまったアルクに苦笑し、トルワドはその頭を撫でる。
「迷惑なんて思ってない。俺たちの戦いが無駄じゃなかったと、君に…君たちに繋がっていると知ることが出来て嬉しいよ。それにもう君たちだけの問題でもない。俺たちの戦いも、まだ終わっていなかったのだと知ることが出来た。君には感謝してる」
「そんな…! 僕のほうこそトルワドさんたちにはとても感謝してます! たくさん助けてくれて、ありがとうございます」
「そうか。じゃあ、お相子だな」
 トルワドの手が、アルクの髪をさらりと梳いて離れる。
「始まったからには必ず終わりがある。終わらせるのは君たちだ。大丈夫、君ならきっと乗り切れる」
「はい、頑張ります」
 笑顔で答えるアルクにトルワドも笑顔で応え、彼はかまどへ向き直った。
「トルワドさん、何か手伝いましょうか?」
「袋に菓子が入ってるから出してくれないか」
 トルワドの方は鍋に水と茶葉を入れて、茶の準備をしている。
 アルクは言われた通りに袋から菓子を取り出して皿に盛る。
「君が来た時に一緒に食べようと思って日持ちするものを持ってきたんだが、これなら他のものも持ってこれば良かったな」
 菓子は、これまた年越しの時に特別に作るものだった。花や模様を形作って焼いたものだ。
「いいえ、嬉しいです。ありがとうございます」
「新年おめでとう。良い年を、アルク」
「おめでとうございます、トルワドさん」




  了



 新年のお祝いに、これまたツイッター上にあっぷしたものでした。掛け算ってほどでもなかったので足し算表記。
 あの世界の新年が冬とは限らないんですけどその辺はどうぞスルーでお願いします。っつか暦どうなってんのとか言い出したらキリがな(ry 年の始まりは結界作った日とかかなー。100年目が分かりやすいように。
 サイトアップする際に途中をちょっと変えました。改めて読み返してみたら、トルワドさんがつむの戦いに対して何か他人事でアレ?てなったので。

(2013/02/24 UP)

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