*読み難そうな漢字には、ポイントを置くとポップアップで読みが出るようにしてあります。*
前 宵
月が、黒青い海の上で揺らめいていた。金粉のような光が海面に散って、夜更けだと言うのに随分と明るい。
耳には永久に絶えぬ
潮騒。
海を渡ってきた涼やかな風が、汗の浮いた
襟足を
浚う。
闇に溶ける水平線を眺め、足元近くまで寄せる波を眺め、月明かりに白く浮かぶ己の手の平を眺めた。
昼の白熱の日差しとは全く違う、柔らかな光。
これほど南に来たのは初めてだった。長く居た北方とはまるで違っていて、驚き、戸惑い、…正直困った。自分がそのうち太陽に焼かれて死ぬのでは無いかと、少し真剣に思った。
圧力を感じるほどの強い日差しも、大地に黒く濃く落ちた影も、どこまでも鮮やかな自然や町の色彩も。
初めて見て感じるもので、また、世界は広いのだと実感して笑いが零れた。
これだけ生きても、まだ知らない事がある。
そう、強い安堵と共に思った。
気が付けば、足元が濡れていた。
潮が満ちてきたらしく、波が足の甲に被さっては戻っていく。素足になっておいて良かったと苦笑する。
そのまましばらく、波が足を洗うのを見ていると、後方で砂を踏む音がした。しゃくり、しゃくり、と砂音が近付いてくる。
「…こんな夜中に、何してるんだ?」
海風に揺れた前髪の間から、海のような青い両眼が覗いた。真っ直ぐにこちらを見詰めてくるその双眸に好感と
既視感を抱きつつ、口の両端を持ち上げて笑顔をつくる。
「月見」
恐らく町の自警団か何かなのだろう、防具を身に付け剣を
佩いている。返ってきた答えに
訝しげな顔をした。
「…名は?」
「テッド。なぁ、ここの海、きれいだな」
足元を波が洗う感触がこそばゆい。
青い目の少年は呆れ顔になって、髪を
掻き揚げた。
「なぁ、あんたの名前は? オレは名乗ったぜ」
「あ、あぁ。俺は――……」
潮騒が、心地好い。
了
文字通り、発売日前日の夜に書きました。
テッドとW主人公の出会い妄想。
発売前からテッドさん幽霊船がどうのという情報が出ていたので、こんな穏やかーな出会い方はしないだろうと思っていたら案の定でした。
W話も多少は書いてみたいです。
(2004/08/19 UP 2005/06/05 再UP)
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