*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*
散らかった部屋
アレンは任務を終えて本部に戻り、コムイに帰還を報告した。お帰り、ご苦労様、と言われるとやはり照れ臭く
曖昧に笑ってはいと答えた。退室しようと歩き出して、けれどふと足を止めた。
「ん? どうかしたのかい、アレン君」
「いえ、その…」
歯切れの悪いにアレンにコムイは一度首を傾げたが、すぐにあぁと納得の呟きを漏らした。
「ラビなら先に戻っているよ」
そして手を振って送り出された。背後でぱたりと扉が閉まる。
石の回廊に靴音を響かせながら、アレンは自分の顔に手を触れさせた。
最後のコムイの言葉。口に出す前に答えられてしまうなんて、自分は一体どんな顔をしていたのか。あの時自分の足を止めたものはもっと別の何かだったような気もするのに。けれども結局は納得して退室してしまっている。
良いのかな、とアレンは口の中で呟いた。
自室に戻って団服を脱いで。お腹はまだ空いておらず、さすがにすぐに訓練に精を出す気にもなれず。アレンはぱたりとベッドに腰掛けた。私物のほとんど無い部屋ではあとはもう寝るより他に無さそうだというのに、何故か目は冴えている。妙に落ち着かず、足をぷらぷらと遊ばせてみる。
仕方なく散歩でもしようかと立ち上がった彼の脳裏を、先刻聞いた言葉が過ぎった。アレンは僅かに眉を寄せて部屋を出た。聞いたから気になるのだとか、約束したからだとか、そんな事を呟きながら。
向かったのは彼の部屋。
ドアの前で尚
躊躇ってからノックし名を呼んでみる。しかし応えは無く、室内にも人の気配は無い。同室のブックマンも不在のようだ。しかし彼だけの場合、何か一つに集中している間は外からの情報を完全にシャットダウンしてしまう癖がある上に気配も読み辛いので、本当に不在かも分からない。
去り難く、入れず。固まって迷うアレンに、通り掛かりの科学班の者が気付いて抱えた書類の隙間から声を掛けた。
「アレン、お帰りー。ラビなら図書室に居たぞー」
「あ、た…ただいま。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、アレンは科学者とは逆の方向に歩き出した。
途中何人かに道を尋ねながら辿り着いた図書室に、確かに彼は居た。己の周囲に本の壁を築いて、その中心で何やら熱心に調べ物をしているようだ。司書によればもう数日もこの状態だと言う。寝食は一応忘れていないらしいが、思考が内側に向き過ぎていて声を掛けても全く反応しないらしい。自分には絶対に出来ないだろう行動に思わずアレンは呆れてしまう。いや、
寧ろしたくない。
どうにか壁を掻い潜り、傍に寄って名を呼んでみる。スイッチの入った状態の彼には無駄だとは思うが。
「ラビ。ラビ! いい加減に休まないと
干乾びますよ」
やはり最初は反応が無かった。しかし、アレンが司書と一発殴ってみましょうかとかそんなことを話していると、どこか遠くの方から戻ってきたような、へあ、とかいう間の抜けた声がした。
「アレン?!」
信じ難い、とでも言いたそうな声の響きに文句を付けるより早く、ラビががばりと後ろからアレンの腰に抱きついた。
「ちょっ…! 何するんですかっ、ラビ!」
突然のタックルに反応が出来ず、アレンは体勢を崩しそうになったが、腰を捕まえる腕に支えられて本の壁を崩すだけに留まった。壁の向こうで司書が悲鳴を上げたようだったが。しかしラビはそんな事にはお構いなし、というか全く気付いていないらしく、尚も力一杯抱き締めてくる。
「アレンだー。本物のアレンだー。おかえりー」
「僕の偽者が一体どこにいるって言うんですか。何かよく分かりませんけどとにかく放して下さい。戻るなり何ですかコレ。僕疲れてるんですよ」
抗議を込めて身体に巻き付いた腕をぺちぺち叩きつつ肩越しに見下ろせば、顔を上げた相手と目が合った。へらりと笑って再びお帰りと言われた。
「…ただいま」
答えれば、満足げに目を細められる。
「アレン帰って来たし片付けっか。悪かったさ、ディック」
「いや、片付くなら良いよ」
ラビは埋もれていた司書を助け起こして、周囲に散乱している本を拾い上げた。司書も疲れた様子ながら本を片付け始める。
「え、ラビ、調べ物は良いんですか?」
「ホントはほとんど終わってたんさ。暇だったから他の事も調べてただけさー」
アレン居ないしジジィ居ないし、と呟くラビに、アレンは何と応えれば良いのか分からなかった。
ラビと司書の手で片付けられた図書室を辞して、二人はラビの部屋に戻った。そこにはいつものように様々な国の新聞が無造作に積んであって、紙面に踊る多種多様な言語が雑然さを一層際立たせている。
部屋に入るなり、ラビは両手を上に引っ張り伸びをした。次いで大きな欠伸をする。
「ラビ?」
「集中切れたら眠くなっちゃった。悪ぃ、アレン、寝ても良い?」
色々話したいし聞きたいけどちょっとムリ、と言いながらもラビの目蓋が半分落ちていく。部屋に戻る道中もずっと眠そうで、いつぱたりと倒れるかとひやひやしていたが。
「えっ、あ! ラビ!」
アレンは、ぱたりうつ伏せにベッドに沈み込んだラビを引っくり返し、両手を外に出させる。次いで洗面所でタオルを拝借して濡らし、ラビの両手を綺麗に拭った。古書は埃っぽくて手が随分汚れてしまっていたのだ。既に
呂律の怪しい少し舌っ足らずな音でありがとうと言われ、苦笑が零れる。
「アレンも寝るさー。任務終わったばっかで疲れてるだろ」
「…そうですね」
「うんうん、一緒に寝るさー」
とろんとした目で、けれど抜かりなく、ベッドに転がした自分の身体の隣をぽふぽふと示して笑う。そんなラビにアレンは呆れて肩を落としてから、するりと示された場所に潜り込んだ。
「おやすみ、アレン。また明日な…」
「おやすみ、ラビ」
言う間にラビは眠りに落ちた。アレンは彼の顔に掛かった赤毛を払い、ついでに頭を撫でる。気分が良かったので秀でた額におやすみのキスもしてやる。
また、という言葉は戦場には無い。常に最前線で戦うエクソシスト達も習慣と
幾許かの祈りから使うだけだ。
けれど今は本部で。ラビの隣で。安らかな寝息が耳をくすぐる。
「また明日…」
アレンは信じて目蓋を下ろした。
ぐっすり眠って起きても、隣には絶対にこの暖かな色がある。
その予感の中で眠りにつくのはとてもとても心地好かった。
「02.また会う約束」のその後の話。二人の任務が終わったあとですね。
カプ話のはずなのに全然甘くないよ!てコトで頑張ってでこちゅーとか入れてみました。アレンさんからかよ。(アレンさんは漢前ですよ)
(2007/01/22 UP)
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