*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*


麗しの銅像・2





 予定されていた謁見を全て終わらせた後、妻のアイリーンから伝えられた事柄にレパントは非常に驚いた。聞き終えると同時にを返し、急ぎ足で通廊を進む。向かった先は大統領執務室の近くにある私的な客人用の応接室だ。ノックをし、応えを待って扉を開ける。
「お待たせして申し訳無い。貴方がこちらにお越しとは、一体どうなされたのですかな、セオ殿」
 一時程前からレパントを待っていたのは、彼のかつての主であるセオ・マクドールだった。窓辺から寄越された視線は予想以上に鋭く余裕の無いもので、レパントは更に驚きを深めた。彼がこれほど感情を露わにするのも珍しい。
「何だあれは」
 切出しは唐突、しかも怒っているようだ。威圧感がレパントの肌を刺す。
「あれ…とおっしゃいますと?」
「あの部屋だ! 正面ホール近くのあの…!」
「ああ、英雄の間のことですかな」
 内容に、レパントは彼の憤りを理解した。予測していたので動揺はない。少々申し訳無くも思ったが、そんな内心は見事に隠して平然とした顔をする。嫌な大人になったものだと胸中で自嘲し、同時にかつての主はこれほど若かっただろうかと思う。故意に見ないようにしていたのか、彼自身がこの三年の間に変わったのか、どちらだろう。
「どうしてあんなものを作ったんだ!」
 怒れるセオにレパントは静かに自嘲の笑みを浮かべた。
「シンボルが必要だったのですよ。我らはまだ弱く脆い。…それに、皆に忘れて欲しくなかった。貴方の事を」
「…忘れた方が良いんだ。国を捨てたリーダーの事など」
 セオは苦く顔を歪めた
「しかしこの国が今あるのは、貴方のおかげです。貴方が成した事です」
「だからって、あんなモノまで作らなくても…」
「建国史はどこの国にもあるものですぞ?」
「違う。あの…像の事だ」
「ああ、あれですか。おや、似ておりましたか? ご本人より二割増し秀麗に造らせたのですが」
 さらりと言われた事柄に、セオは怪訝そうに眉間にを寄せた。
「…レパント、何が言いたい」
「肖像画はともかく、銅像や石像は本人より劣った出来栄えになるのが普通ですからな。職人達には無理をさせました。民衆はあの像よりも更に秀麗な顔立ちを想像するのでしょうな」
 どこか惚けた調子でレパントはそんな事を嘯く
 存在は忘れず、けれど顔は分からず。
 だから。
「…あまり私を甘やかすな」
 渋く曲がってしまった口元と不愉快そうな声音を、僅かに染まったが感情の方向性を少し変えている。
「以前は厳しくしか出来ませんでしたからな。まあお許し下さい」
 セオはどういう顔をすれば良いのか本格的に困ってきたらしく、視線が下り出している。こういうことに弱い人だったのかと、今更知るとは滑稽だ。
 やがて諦めたのか、彼はふっと息を吐いて弱く笑んだ。
「全く…頼もしい友だな」
「…友、ですか」
「ああ。これからも頼りにしている」
 ひたとレパントを見据えて言い切る彼は、確かに三年前と同じ空気をまとっていた。秘めた力強さも、すらりと伸びた姿勢も。違うのは、立つ位置と向ける視線の先。それを胸中で噛み締めながら、レパントは深く一礼してみせた。
「…ありがとうございます。存分にやらせて頂きましょうぞ」
 レパントの言葉にふわりと笑みが浮かぶ。一瞬のそれは屈託のないとても綺麗なもので、酷く眩しかった。すぐについっと眉を顰められてしまったので特に。
「だが、やっぱりあれはどうにかしてくれ。恥ずかしくて仕方が無い」
 内心、非常に残念に思いながらもレパントは頷いた。
「承りました。いつでもお帰りをお待ちしておりますぞ」
「…あぁ」
 大切で尊い彼らの英雄は、ひらりと手を翻して去っていった。
 彼が再び故国に戻るのは、然程遠くない日の事。




  終

 レパントさんが坊っさんを誑し込んでます。強くなったんだね、レパントさん。
 当初の予定ではここまでするつもりは無かったんですが、予想以上に狸で誑しとなってしまいました。三年の大統領業の間に何があったのか。
 坊っさん、いつもと微妙に口調が違うのは公用だからです。一人称も「私」。
 ついでにおまけ

(2006/01/04 UP)

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