*読み難そうな漢字には、オンマウスで読みが出るようにしてあります。*



おかえり、





 自分の周囲にうずたかく積み上げられた書類の山。時間や日付の感覚すら遠い彼方で、白い紙と白衣と白い制服に囲まれてどれだけかの時間を消費していたので、その狭間に通り抜けた黒色はひどく目を惹いた。
 反射的に追った視線で相手を認識すると同時に名が零れ落ちていた。
「アレン?」
 反応して、まだ幼さを残した後ろ姿が振り返る。
「あ、リーバー班長。…お疲れ様です」
 知った顔を見つけて輝いた表情が、こちらの状態を見て痛ましそうに曇るのがやはり遠いことのようだった。もう何だか全てのことがどうでもいい。特に自分に関したことが。
 だから相手に関しての薄れた記憶を掘り返してみると、…多分彼に最後に言った言葉は、いってらっしゃい、だった。だから、そこから繋がる言葉を告げる。
「おかえり、アレン」
 彼は一度瞬き、ぱくりと口を開けて閉じて、それからぎこちなく音を押し出した。もうこれで10回目だったかな、と頭のどこかがカウントする。彼の任務の回数。
「えっと、ただいま」
 一音一音、愛おしそうに。
 彼の詳しい経歴を脳の膨大なデータの中から引っ張り出す。生まれてからこの教団に来るまでほとんど旅暮らしだった。その間ずっと共に居たのは、養父と師匠の二人だけ。養父を亡くし、師匠と別れて、少年は教団へやって来た。
 それを聞いただけでも家というものに縁がなかったのだろうと分かる。それはここでは別に珍しいことではない。特に彼のように年若い頃に教団に来るようならば。
 だからそれを特別哀れに思うことはないけれど。
 アレンに笑顔を向けて、ここに帰ってきた全ての人に必ず伝える言葉をもう一度言う。
「うん、おかえり」
 室長なら部屋で仕事してるはずだから、仕事してなかったら絞めて良いから、とアレンを送り出してリーバーは再び書類に目を落とした。少年の笑顔と無事の帰還に励まされ、彼らの為にも仕事に没頭していった。





  了

 3連作のふたつ目。リーバー班長大好き。

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(2007/05/28 UP)

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